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2010/10/28

飲めよ、病めよ、壁を満たせ

フィリピンで家を建てるのは大変だ。それこそ家族の誰かがどこかに出稼ぎでもしていれば豪邸を建てられる可能性が出てくるが、比較的安定していると言われる公立学校の教師でさえ、定年退職しても新居の柱が数本立っていればいいのだがとうそぶく。

山村部に行けば、なるほど木材は、合法・違法を問わず調達しやすいが、それも木材止まり。現金購入の形で調達しなければならない部分になると、たちまち工程が行き詰まる。

ベンゲット州北東部で泊めてもらった家の話。台所に行くと、子どもの粉ミルクや栄養飲料、薬の空き箱が、壁一面に積み上げてあった。日本ならば、どうだろう、左官屋さんの仕事はよくわからないが、おそらく壁板を貼って上からしっくいなどでも塗るところだろうか。ちょうどその空間を埋めるような積み上げ方だ。内装に使う金が無くての廃材利用の一手法なのだろうか。

住人に聞いても、当を得た答えは返ってこない。おそらく、最初は遊びのつもりで始めたのが、ここまで面が埋まってしまうと、止めるに止められないというところなのだろう。無表情な木材の風景がいいか、カラフルながら雑然とした風景がいいかは、見る人の好みが分かれるところだ。

文化を構成する要素の中には審美感も含まれる。これを美しいと思い、この空間の中で心が落ち着くというのも、それはそれで文化の一つの表情だ。壁が一通り埋まるほどに箱が揃えば、今度はモザイク画にでも挑戦してみたいものだ。

 

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日本人ならやはり地味に木目を味わいたいところだろうか。あなたはどちら派?

 

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寄ってみるとそこはフィリピン、かなり雑。これって実は防音のため
なのだろうか? いや、これだとかえって、音は箱の中の空気で共鳴する
はずだ。ということは……?

 

 

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2010/10/19

台風一過、とはいかないようで

ルソン島北部を東から西へ横断している台風13号(国際名:Megi)は、予報通り、昨夜から早朝にかけて南シナ海に抜けたようだが、現在、海上で急激に速度を弱め、実に時速3kmという、人が歩くのとほぼ同じ速度で進路を少しずつ北に向けている模様。

しかも、秒速15mの強風域は依然としてルソン島ほぼ全域を覆っているうえに、引きずってきた雨雲がかなり多く、これがあたかも13号の子供のように引き続き、大雨を降らせている。まだ数日は続きそうだ。

バギオ全市は停電なのだろうか。私のいる大学院のキャンパス内は、幸いにして発電機が動いており、とりあえずはこのようにネットにも接続できている。バギオ市なのかベンゲット州なのか、あるいは北ルソン全体でなのかは不明だが、既に何家族かが家を失っている模様だが、人命が失われたというニュースは入っていない。ただ、ケノン・ロードをはじめ、いくつかの幹線道路は閉鎖されているとのこと。引き続き、注意が必要だ。気象庁の台風情報ページはこちら。地元の新聞"Sun Star Baguio"のサイトはこちら

 

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バギオ市の中で一番高い場所の一つである私たちの学校のキャンパスも、
このようにすっぽり嵐の雲に覆われ、霧で真っ白にかすんでいる。

 

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雨粒も大きく、時折、暴風にあおられて、横から叩きつけるような雨になる。

 

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そういうわけで、お口直しに、先日、SMバギオのデッキから撮った夕焼けを。

 

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ただし、全く同じ時間に少し左の角度を見ると、このように曇り空。
山はバギオ市西端のサント・トーマス山系。中腹の雲はグリーンバレー。
西海岸からの温められた空気が上昇、一気に冷めて雲になったものが流れ込む。
山の上にいるということは、天候だけでなく、夕焼けの表情も大きく変える。

 

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2010/10/15

アップグレード

コンピューター時代になってすっかりおなじみになった外来語の一つに「アップグレード」があるだろうか。それ以前にも車など、オプションが自由に選べる商品には使われていたかもしれない。メモリーやソフトのバージョンをアップグレードするというのは、とっくに日常会話の一部だ。

アメリカの人気テレビドラマ『フレンズ』の第2シーズンで、フィービーのおばあちゃんが電話帳のアップグレードをしているシーンがある。同シーズンの第2エピソードで、「今日は獣医に連れて行かなきゃ」とフィービーが言っていたおばあちゃんだ。電話帳が改訂されたわけではない。新聞の訃報欄をチェックして、電話帳の名前を消しているのだ。「○○さん、行っちゃった(英語では"Gone!")」というわけだ。

先日、仕事で、あるシニア(老人)会館に行く機会があった。シニア会館を借りて300名の若者たちを集めるという企画にも笑ってしまったが、それだけではなかった。そこでまさにアップグレードな掲示板を目にするところとなったのだ。見ると、「お亡くなりになった会員」(Deceased Member)とあり、名前と亡くなった日付、バランガイ名が記されている。

最新が371番というのは数年間の通算だろうか。年間にしては多すぎる。こんなことを無邪気に貼り出してしまえるのも、どうせとっとと良いところ(天国)に行っちゃったんだし、と割り切ってしまえる「キリスト教国」ならではのことなのだろうか。日本なら「謹んでご冥福を」云々、微妙に薄いインクで神妙に書かれているところが、オレンジの台紙にマジックとホワイトで、高校の文化祭のポスターばりに書かれているのも明るい。きっと、名前の間違いも多いはずだ。享年などの表示が無いのは、そもそも生年月日がわからない人が多いからかもしれない。

ところで、私が務めている大学院ではそのキリスト教の指導者を養成している。牧師とか聖書学校教師とか宣教師とか、そういう類の職種だ。プロテスタントなので神父は養成していない。こういうところにも「自分をアップグレードするために来ました」と言うお客さんが来る。

確かにがんばって修了すれば学位が「アップグレード」するわけなので正しい言い方なのだが、こういう学生さんに限って言葉が一人歩きし、何か自分が一つ偉くなっていくかのように勘違いする輩も出てくる。ひとえに教師たちの指導不足なのだろうが、こういう学校だからこそ、「実るほど、頭の垂るる稲穂かな」の和の精神が息づいて欲しいものだ。それも聖書はちゃんと教えているからだ。もっとも、「おごりの春」なまでに活きのいい初心を忘れてダウングレードしちまう学生さんにも困ってしまう。

天国に行っちゃったおじいちゃん、おばあちゃんはいまや、アップだのダウンだの、地上のくだらないものから解放され、楽しく過ごしてくれていればいいんだけど。カトリックだったらやっぱり「煉獄」という、ちょっとヤなところに行っちゃってるのだろうか。案外、300名の若者たちの元気な様子に、「地上の暮らしのほうが楽しかった」などとぼやきながら、神様に「アップグレード」を直訴しているおじいちゃんもいるかもしれない。

 

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300名の若者が集まったシニア会館。奥行きは広く、350-400名は入れる。

 

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これがそれ。それでもフィリピンの手書きにしてはきれいな字体で書かれている
のは、やはり亡くなった方々に敬意を表してのことなのかもしれない。ホワイトの
跡に「アイソス! スィゲ、スィゲ……」という声が聞こえてくる。

  

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