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2010/06/03

PhD Program in Baguio (1)

子供の頃から今に至るまで、我が家には車というものが無い。市バスが1時間に5-6本は走る、公共交通機関に恵まれた環境に育ったことが大きい。大阪府北部というのは便利な地域だ。「三都物語」に象徴されるがごとく、主要な都市には、ジプニーに乗るような手軽さで行けてしまう。運賃が格安に設定されているからだ。もっとも、地元の街でも、たいていの用は済ましてしまえる。

大学は広島市に行った。毎日が遅刻との戦い - 市内に下宿し、原爆ドームから平和公園を自転車で駆け抜ける日々だった。キャンパスは2年の秋に東広島市に移転。多くの友人が陸の孤島に移り住むか、車で通学するのをよそに、卒業まで電車とバスで通った。

フィリピンに来て10年半、車は持たずに来た。経済的に余裕が無かったわけだが、狭いバギオ、細かいジプニーの路線さえ覚えてしまえば、こちらも、- それこそ初乗り約15円(150円ではなく)から - たいていは事足りる。家のある大学院のキャンパスが町外れにあり、本数が少ないのが玉にきずだが、工夫をすれば生きてはこられた。結果、タクシーの捕まらない夜の外食など、これまで数回しかしたことがない。単調だが、それはそれで慎ましい暮らしだ。

しかし、仕事の幅が広がるにつれ、自由に動けないことがストレスになってきた。そもそも、友人が訪ねてきてくれても、ちょっと送っていくことすらできず、道端で一緒に何十分もジプニーを待つというのは、話としては情緒もあるが、現実、どうにも情けない。娘の就学も大きな転機となった。こちらも町外れにあるアメリカンスクールは、親に車があることが暗黙の前提となっている。幸い、感謝なことに、不思議な形で助けが得られてきてはいるが、事あるごとに不便なのには変わらない。

それというのも、車の免許が無いからだ。車は学校のものが自由に借りられるからだ。

仕事で、北海道から沖縄まで、全国をまわった際に痛感したのが、免許が無いというのは、半ば「非常識」の部類に入るということだった。「免許はお持ちですよね、車ならお貸ししますよ……」と聞かれた際の、「あ、いえ、実は無いんです……」と打ち明ける際の相手の反応を通して、社会で少数派と呼ばれる人々が「カミングアウト」する際の、どれだけ勇気がいるものか、どれだけ肩身の狭いものか、その一端を学べた気がする。大阪府北部が問題なのではない。市バスの停留所のすぐ前にあった我が家が特殊な環境だったのだ。電車の駅から徒歩10分に生まれ育った妻も、事情は同じだ。

そういうわけで、在「この世」42年目にして、在比11年目にして、このフィリピンの、このバギオで、免許を取ることにした。今日にでも車を買える予算がついたということも大きな後押しとなった。仕事では、願わくばPhD(Doctor of Philosophy)が必要なのだが(こちらでの検索で来てくださった方には、ごめんなさい……)、当面の課題は"Driving in the Philippines"だ。どうなることやら……。

 

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