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2010/05/29

ひっくり返せばいいってもんじゃ……

バギオ市(Baguio City)からイフガオ州ポチア(Potia, Ifugao)に出かけた。ヌエバ・ビスカヤ州バンバン(Bambang, Nueva Vizcaya)までは、アンブックラオ・ロードで山間部を抜ける乗合バンで行き、バンバンで路線バスに乗り換える。バンバンまではふつうは3時間、うとうとしているうちに着いたのは良かったのだが、運転手がじっちゃんだったからか、今回は5時間もかかっていた。

バンバンからは、バヨンボン(Bayombong)、ソラノ(Solano)、バガバグ(Bagabag)というヌエバ・ビスカヤ州の町を抜けてイサベラ州(Isabela)に入り、コルドン(Cordon)、サンチアゴ(Santiago)で降りる。コルドンには10年近く前に行ったことがあったが、距離感はすっかり失ってしまっていた。小1時間ほどのものかとたかをくくっていたら、2時間半はかかるのだという。バンバンでの予定は急きょキャンセルする。

サンチアゴまではカガヤン国道というルソン島の大動脈を行くわけで、足はいくらでもあると思っていたが、そうでもなさそうだ。バンバンの街を出ようとしていたものを慌てて止めて乗り込もうとすると、前のほうは既に満席なのだろう、後ろのドアから乗れ、と車掌が叫ぶ。でも、後ろのドアなんて無い。後方の客が、反対側に回れという。反対側? とりもなおさず従ってみると、なんと、後ろのドアはコンバートされずに左側にそのままある。乗ると、1週間の下宿生活を終えて実家に帰る高校生から選挙前で何かと移動する所用のある大人たちまで、補助席まで出して超満員。車掌など座席の肘掛けの上を移動して切符を切る有様だ。

さて、路線バスといっても、ビクトリーライナーなどのメジャーなものではない。日本の一昔前の市バスのようなものが払い下げになったものだ。この点は、マニラでも一般的なので、とりわけ目新しいことではないだろう。私など、少年時代に出身地で走っていた懐かしの市バス車両を見かけて、チャウキンで麺を吹き出したことがある。今では使われていない降車時のボタンや急停車に備えての注意書きなど、外されずにそのまま残っている。今回の左にそのまま残された後ろドアは「フェイント」としても、ドアやハンドルだけ反対側につけ替えて見事に転用している。

Img_1049

 

今回、面白かったのは次の光景だ。

Img_1048

何でも反対につけ替えるのは良いとして、文字盤まで反対にしているのは、良かれと思ってなのか、ギャグなのか。ぎゅうぎゅうに詰め込まれたストレスな道行きにも、一挙に元が取れた気がした。

 

Img_1052
こんなものも、剥がさずにそのまま貼ってある。このバス、少なくとも平成5年(15年以上前?)までは熊本、少なくとも九州でがんばっていたようだ。

 

Img_1045
これはおまけ。これまでひっくり返す必要は無いはず。もっとも、件のバスではなく、通りすがりの事故現場のトラックだ。

 

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コメント

りけるけさん。

同じような風景は、香港の建設現場でも出くわします。古いパワーショベルや、掘削機械が、道路工事の囲いの中にあって、ふと見ると、「~~組」という日本の土木建築の会社名がそのまま見えます。

そういう名前をなぜか塗りつぶさずに、併記するかのように、香港ローカルの現在の土木工事請負会社の名前がペイントされています。

香港のタクシーは、三つのゾーンに分かれていて、香港島を走るタクシーはボディーが赤なのですが、これが見事にトヨタの車で統一されています。
車内に壊れたところはないものの、日本語のステッカーがそのまま残っているものによく出くわします。

コンクリートジャングルで、ある意味、日本よりも先進的なところがある香港ですが、700万人人口のこの土地には、確かに古いものと新しいもの、高価なものと安価なもの、アジア的なものと西洋的なもの、さまざまなものがモザイクのように交じり合っています。

そして、植民地の名残を見ることはあれど、たかだか100年余り前の歴史しかないのが香港。
日本を思い出すと、日本には平気で、300年、400年前の古いものがあったことに気づきます。

しかし、たかが100年、されど100年、100年の年月の流れの中での、文化のうえでの盛衰興亡は、香港のほうが起伏に富んでいるのかもしれません。

投稿: HK. J. | 2010/05/29 09:34

HK. J. さん

香港の諸事情を教えてくださり、ありがとうございました。

| そういう名前をなぜか塗りつぶさずに、併記
| するかのように、香港ローカルの現在の土木
| 工事請負会社の名前がペイントされています。

フィリピンだと、日本語表記でも韓国語表記でも、フィリピン人の目にはわかりませんが、香港だと漢字の使い方で日本のものだということは理解されるでしょうから、そういうことでブランド的な付加価値になるんでしょうね。

| しかし、たかが100年、されど100年、
| 100年の年月の流れの中での、文化のうえ
| での盛衰興亡は、香港のほうが起伏に富んで
| いるのかもしれません。

香港が中国に返還され、英語人口が徐々に失われ、どこかイギリスの植民地であった香港に憧れていた私でしたが(それで、15年以上も前のこと、中文大学での仕事のオファーも蹴ってしまった愚かさは、今となっては恥じるばかりです)、それはまさに愚かなことで、その100年の向こうにあるのは中国としての香港だったんですね。

おっしゃるように、本当に100年の変化は激動のものだったんですね。

投稿: りけるけ | 2010/06/02 19:48

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