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2010/05/30

雨期の始まり - 別の戦い

今日も午後は大雨……。夜になった今もまた、ひどい雨が降り続いている。いよいよ、今年も雨期の始まりのようだ。夕方に雨が降り始めるのがやがて午後になり、午前になり、ついには一日中になり、雨が降っていなくても一日中、真っ白な霧(雲)の中というのが、標高1500mのバギオの雨期だ。これに台風となれば、横から下から暴風雨が吹き荒れる。これがまた11月まで続くかと思うと憂鬱になる。

去年の台風17号(ペペン)のような土砂災害が起こらないことを願うばかりだが、雨期の終わった11月以降も、閉鎖された幹線道路が応急的に通れるようになっただけの復旧作業しかされていない。このような現状では、ちょっとした豪雨でもすぐにまた地滑りに襲われることは十分に想像ができる。一昨日も、バギオ市のある場所では既に、地滑りで埋まった家があったそうだ。幸い、生き埋めになった人々はすぐに掘り出されて助かったようだが、先が思いやられる。

 

生死にかかわる被害でなくとも、これからはまた湿気との戦いの季節になる。我が家のようにとかく本が多いと、カビ対策もさることながら、湿気を吸って膨らむ紙との戦いにもなる。雑誌類は特に、そういう種類の紙を使っているのか、膨張率が高いようだ。

こちらも要領がわかってきて、読み捨てごめんのものにはビニールのブックカバーなどかけなくなったが、傷んでだめになったが最後、買い直すことのできない高価で貴重な学会誌などは、やはりカバーをかけておきたい。いきおい、少し目を離すと、醜くプクプクに膨らんでしまうことになる。除湿器も何台も稼働させてはいるが、それも電気代がかさむ。結局、マニラなどの低地とは違ってエアコン代が全く不要な分、除湿器に不要なコストを持って行かれているのかもしれない。

どこに行っても、理想的な住みかなど無いものなのだろう。

 

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湿気で無残に「プクプク」になった雑誌たち。最近は、すぐにカバーを
かけることはせず、一定期間、気候に馴らせてからにしているが、それでも
紙というのは正直なものだ。

 

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あらかじめ「膨らみしろ」を取るわけにもいかないし、これらの管理は難しい。

 

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2010/05/29

ひっくり返せばいいってもんじゃ……

バギオ市(Baguio City)からイフガオ州ポチア(Potia, Ifugao)に出かけた。ヌエバ・ビスカヤ州バンバン(Bambang, Nueva Vizcaya)までは、アンブックラオ・ロードで山間部を抜ける乗合バンで行き、バンバンで路線バスに乗り換える。バンバンまではふつうは3時間、うとうとしているうちに着いたのは良かったのだが、運転手がじっちゃんだったからか、今回は5時間もかかっていた。

バンバンからは、バヨンボン(Bayombong)、ソラノ(Solano)、バガバグ(Bagabag)というヌエバ・ビスカヤ州の町を抜けてイサベラ州(Isabela)に入り、コルドン(Cordon)、サンチアゴ(Santiago)で降りる。コルドンには10年近く前に行ったことがあったが、距離感はすっかり失ってしまっていた。小1時間ほどのものかとたかをくくっていたら、2時間半はかかるのだという。バンバンでの予定は急きょキャンセルする。

サンチアゴまではカガヤン国道というルソン島の大動脈を行くわけで、足はいくらでもあると思っていたが、そうでもなさそうだ。バンバンの街を出ようとしていたものを慌てて止めて乗り込もうとすると、前のほうは既に満席なのだろう、後ろのドアから乗れ、と車掌が叫ぶ。でも、後ろのドアなんて無い。後方の客が、反対側に回れという。反対側? とりもなおさず従ってみると、なんと、後ろのドアはコンバートされずに左側にそのままある。乗ると、1週間の下宿生活を終えて実家に帰る高校生から選挙前で何かと移動する所用のある大人たちまで、補助席まで出して超満員。車掌など座席の肘掛けの上を移動して切符を切る有様だ。

さて、路線バスといっても、ビクトリーライナーなどのメジャーなものではない。日本の一昔前の市バスのようなものが払い下げになったものだ。この点は、マニラでも一般的なので、とりわけ目新しいことではないだろう。私など、少年時代に出身地で走っていた懐かしの市バス車両を見かけて、チャウキンで麺を吹き出したことがある。今では使われていない降車時のボタンや急停車に備えての注意書きなど、外されずにそのまま残っている。今回の左にそのまま残された後ろドアは「フェイント」としても、ドアやハンドルだけ反対側につけ替えて見事に転用している。

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今回、面白かったのは次の光景だ。

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何でも反対につけ替えるのは良いとして、文字盤まで反対にしているのは、良かれと思ってなのか、ギャグなのか。ぎゅうぎゅうに詰め込まれたストレスな道行きにも、一挙に元が取れた気がした。

 

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こんなものも、剥がさずにそのまま貼ってある。このバス、少なくとも平成5年(15年以上前?)までは熊本、少なくとも九州でがんばっていたようだ。

 

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これはおまけ。これまでひっくり返す必要は無いはず。もっとも、件のバスではなく、通りすがりの事故現場のトラックだ。

 

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2010/05/26

こいつぁ~確かに新鮮だ

ベンゲット州東部は、アグノ川(Agno River)上流にあるアンブックラオ・ダム(Ambuklao Dam)のダム湖でのティラピア(tilapia)養殖が盛んだ。川に降りるには半日を要すると思われる山の上を走る幹線道路、ハルセマ・ハイウェイ(Halsema Highway)やアンブックラオ・ロード(Ambuklao Road)の道端では、新鮮なものが売られている。時には1mもあるようなお化けも売っていて驚く。それでも300ペソほどのものだ。

アンブックラオ・ロードの、とあるドライブインで、生きたティラピアを売っているいけすに出くわした。小さな水槽に食べ頃に成長したティラピアがひしめき合っている。水槽にはホースで水が引かれており、反対側からは一定量を超えた水が流れ出るようになっている。シンプルながら考えられた設計だ。昼食時だからか、店番の人はおらず、何尾か失敬してもわからないのでは、とさえ思われるのどかさだ。

道路からダム湖まではかなりあるはず。生かしたまま連れてくるということは、バケツに水を張ったのを運んでくるのだろうか。これだけの数を動かすというのは簡単な作業ではないはずだ。

しかし、新鮮さにこだわろうとすれば、買う側もクーラーに水を張って持ち帰るなどの努力が必要になる。通りがかりの乗合バンの客の身、かのティラピアたちを中途半端な水揚げの刑に遭わせるのは申し訳ない気がして、今回は買い控えることにする。焼いて良し、揚げて良し、のティラピア。次に食卓に上がるのはいつのことだろうか。

 

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手作り感満載のフィリピンの田舎の風景には心が和む。

 

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日本人一流?のこだわりのゆえに九死に一生を得た幸運な人々。

 

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