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2009/12/30

イゴロット族の伝統的英語観

先日、マクドの件でぶつぶつこぼしていたが、コルディリエラ山地に広がるイゴロット族は一般に、伝統的に英語を重視する傾向にある。「傾向にある」と言っていいのか、「あった」とすべきなのかは、もはや混沌としてわからないが、少なくとも伝統的な好みは、一に(カンカナウィ語、イバロイ語、カラゴヤ語、イフガオ語、ボントック語その他)各部族語、二に地方共通語としてのイロカノ語、三に英語というものだった。

これはとりわけ、私の感じる限り、マウンテン・プロビンス州のイゴロット族に強い傾向で、彼ら自身の説明によれば、これはタガログ語に代表される低地の人々に対する根強い反感に基づいている。というのも、以前は、低地から観光に来た人々が、同州の人々をあからさまに猿扱いする光景が頻繁に見られたというのだ。「おい、しっぽはどこに隠しているんだ?」「どの木に住んでるんだ?」ということを面と向かって言われたものだというのだ。

これがどこまで一般的な現象だったのかはわからない。こういった差別的な、屈辱的体験というものは、往々にして誇張され、急速に広く伝播して、あたかも部族の個々人が一度は必ずそういうことを言われたかのように、心理的に追体験され、共有されていく。

実際のところ、そのような差別的な言動に走るのは、低地の人々でもごく一部の者たちだろうし、単に英語を話すからといって、外国人観光客にそのような差別的な見方をしない者が無いとも言えない。コルディリエラ山地で英語よりタガログ語が強いというのも、そういった部族的な体験や感情とは別に、全国的に施行されるようになったタガログ語重点教育が、単に僻地に相当する山地の町村では、教師の確保や手配の困難さから実施が遅れただけということも考えられる。

しかし、ここでは、そういった差別的なエピソードが、彼らが英語を好む理由とされているのが興味深い。あるいは、これは、環境的にタガログ語を十分に学び切れないことの劣等感の裏返しに過ぎないのかもしれない。まさに言語が個人や集団のアイデンティティーと深く関わっていることのゆえんだ。

昨今では、技術的・経済的発展に伴い、僻地の山村でも、電気はもちろん、テレビのある家庭が増えている。地上波チャンネルの主要言語はタガログ語だ。また、道路が整備され、人的交流・言語交流が促進されている。僻地の山村でも、学校教育の影響で、子供がタガログ語で遊ぶのを見たとてことさら驚かされることも無くなった。イゴロット族の言語観は、今後、大きく変わっていくことだろう。

写真は、バギオ市から約1時間ほど、ベンゲット州の山村の小学校の壁に描かれていたもの。ある年の卒業制作か何かだろうか。英語が世界でいっそう幅を利かせるようになっている傍ら、フィリピンの言語事情はむしろ逆のベクトルに動いている。そこに共通の善悪好悪の判断など存在し得ないのは言うまでもない。ただ、今後、このような言葉を無邪気に言えた「古き良き時代」が懐かしまれるものとなっていくことだけは確かだ。

 

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「英語を話せば、全世界が手に入る」
それでも、伝統的な衣装で語られるとまだまだ微笑ましいものだ。

 

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2009/12/24

北ルソンからメリークリスマス!

クリスマスイブにあたり、北ルソンからお祝いを申し上げます。

イエス・キリストが教え、自ら身をもって示した愛と自己犠牲、奉仕と命のメッセージが、統計上はキリスト教徒が全人口の97%を占めると言われるこのフィリピンにとってますます真実なものとなっていきますよう、この国に生きるキリスト教徒として、自らを戒めつつ、今後も微力を尽くしてまいります。

在比を問わず、日本の皆様にも、聖書の語る神の豊かな守りと祝福がありますように。

Naimbag a Paskua kadatayo amin!

 

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ヌエバ・ビスカヤ州カスィブ郡の山村の教会の自作クリスマスツリー。

 

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羊ではなく鶏なのがフィリピン風だが、それなりの降誕ページェント的な
飾りつけに仕上がっている。

 

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笹を使っているのだろうか、まるで七夕の飾りのようだ。

 

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こちらは我が家のささやかなツリー。教師の大半はアメリカ人、
生徒の大半は韓国人という、これまたフィリピン風なインターナショナル・
スクールの生徒である娘は、その影響で、クリスマスの朝までプレゼントは
開けないのだという。プレゼントが靴下に入らなくてもいいというのは、
何かと出費のかさむこの季節、親にとってあまりありがたいものではない。

 

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2009/12/21

せめてマクドくらいは……

フィリピンの公立学校教育のシステムで英語教育の時間が削減され、ピリピノ語(タガログ語)教育が強調されるようになって久しい。私が初めてフィリピンに来たのが1999年3月で、その年の5月に政策の転換が新聞で報道されていたからよく記憶に残っている。

あれから10年半が経った。1999年6月に6歳で小学校に入学した子どもなら16歳、立派にハイスクールとやらを卒業している歳だ。ちょうどファストフードでバイトをしている若者たちが、ピリピノ語重点教育の申し子の世代と言える。

 

今日、SMバギオのマクドに行った。チャウキンが最近始めたおかず2点もので80ペソほどするセットメニューが、このフィリピンといえどもこれほどのものは見たことがないと言えるほどの誇大広告商品だったので、今日はバンコク、もとい万国共通、ほぼ当たり外れの無いマクドに行くことにしたのだ。これが、あいにく大外れとなった。

私がクォーターパウンダーのアップサイズ、妻がダブルチーズのレギュラーサイズということで、いつものように、できる限りゆっくり、はっきりとした英語で、しかも指つきで注文する。ところが、出てきたのはクォーターパウンダーのアップサイズが2つ……。どうも、"One, Number 2"とか"One, Number 4"とか、セットの番号で注文したのが理解されなかったようだ。ちゃんと、人差し指を立てて"one!"を強調したし、いつもこれでうまく行くのだが……。

妻のレギュラーサイズのほうが、ドリンクが既にラージになっていたので、捨てるのはもったいないと良しとしたのだが、依然としてフライドポテトをラージにしようとするのでそれはレギュラーのままにしてくれと頼む。とにかく、一言一言、通じない。マネージャーが来てレジの修正をするのだが、このマネージャーも、日本流の「ご迷惑をおかけしてすみません」などは期待するだけ無駄にせよ、要領を得ないバイトに代わってこちらの説明に耳を傾けようとすることもない。

妻のフライドポテトをレギュラーのままにしてもらったのは、以前は"Go Bigtime!"だかがポテトとドリンクのサイズ変更を別々に指定できたからだが、テーブルについて食べ始めながらレシートを見ると、― ドリンクをレギュラーに戻してもらわなかったからなのだろう ― 妻のダブルチーズもアップサイズとしてしっかり25ペソ全額がつけられていた。

こちらの日本人流の配慮が裏目に出た形となったわけだ。ようやく、ポテトをなんとかラージにしようともぞもぞしていたわけがわかった。それならそうときちんと説明してくれれば、ドリンクをレギュラーに戻してもらうなり、ポテトもラージにしてもらうなりできたのに、マネージャーとバイトと2人揃って、それも説明できないほどの貧弱な英語力なのだろう。別に、フライドポテト分の12.5ペソを割り引け、など、ケチなことを言うつもりはない。ただ、たかがファストフードでこれほど意思の疎通ができなくては、不便で不愉快なこと、この上ない。

 

続けて買い物をしたSMデパートでも、タガログ語で何か言ってくるので"Excuse me, English, please . . ."と言うと5秒ほど固まられてしまう。あるいは、親切にも英語で「担当の者をお呼びしますのでしばらくお待ちください」と言ってくれようとするのだが、「アー、アー、ウー、ウー」となって言葉が出てこない。外国人観光客も多く訪れているはずのSMの店員でさえ、本当に基本的な接客表現すら英語で言えない者が多いのだ。別の店では、しようがないので一言、タガログ語を口にしてみると、緊張していた店員たちが急になれなれしくため口になる。負けじとイロカノ語であれこれ話してみると、イロカノ語はわからないとドン引きされる。

 

マニラにも住んだことのある者の実感からすると、バギオではマニラなどよりもはるかに英語が通じるはずだったのだが、嗚呼、その現実も急速に崩壊しているかのようだ。フィリピンに英語留学を考えている方も依然として多いようだが、英語学校内はさておくとしても、フィリピンに住んで生活の中で英語に慣れようなどというのは、もはやあまり考えないほうがいいかもしれない。慣れるのは「サンキュー」「ユーアーウェルカム」くらいのものだ。しかも、「サンキュー」と言うのはこちら、「ユーアーウェルカム」と言うのは店員のほうだ。こんな英語、ここでしか通用しない。

 

因果なことに、私も1月からは、そんなバギオで英語講座を担当することになるのだが、イロカノ語すら通じなくなってきているバギオだ。せめてマクドくらいは注文できるように、タガログ語にも精を出すことにしよう。もとい、せめてマクドくらいは英語で注文させてもらいたいものなのだが……(タガログ語の音調ってどこまでも好きになれないんだよなあ……)。時代の変わり目に生きるというのは、かくも不自由なものだ。

しかし、世界の多くの国々が「英語帝国主義」なるものと闘っている現状を鑑みれば、公用語のピリピノ語が着実に勢力を増しつつあるこのフィリピンの実情こそ、フィリピン人にとっては健全な情景なのかもしれない。文化的には何の影響力も行使できない、傍観者なる外国人は、このような場で愚痴りながらも、おとなしく流れに従うしかないのだろう(否、先週、訪問した南イロコス州の生粋のイロカノの男たちも、最近はどいつもこいつもタガログ語を話しやがっていけねえ……、等々、さんざ愚痴ってたっけ……)。

 

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2009/12/19

バギオの雲の壁

バギオは標高約1,500mの高地にありながら、周囲を山々に囲まれた盆地でもある。東部の山々を越えた先には、カガヤン渓谷の上流部分、ヌエバ・ビスカヤ州のカスィブ台地が広がる。その先はアウロラ郡の北部からキリノ郡に連なる、低いながらも急峻な山並みが太平洋に落ち込んでいるとはいえ、バギオから海まではかなりの距離がある。ところが、西部の山々を越えた先は、ゆるやかながら直接、南シナ海になだれ込んでいる。

また、バギオ市は標高約1,500m、年中約20度ほどの気候とはいえ、車で約1時間半、西に転がり下りれば、そこにはまさに熱帯の世界が広がる。この温度差と海の近さが、バギオに様々な空の芸術を見せてくれるのだ。

この日、SMバギオの南西サイドのデッキから見えたのは、個人的にはこれまで見たこともないような巨大な雲の壁。南から西の空にかけて、町を取り囲むかのようにそそり立っていた。私は地学の心得は何も無いので、この現象を説明できる立場にはないのだが、西部の南シナ海の海水が熱帯の熱で温められ、西風に流されてバギオに駆け上ってくることは理解できる。ところが、ふだんならば、日本人には英語学校BECIで有名なグリーンバレーのある、サントトーマス山系の山麓から霧として流れ込んでくる雲が、- おそらくは何らかの要因でせき止められているのだろう - そそり立っているというのは、まるで紅海を分けたというモーセの物語のようだ。

先日、NHKの「熱中人」という番組で、虹の美しさに魅せられた方の特集がされていた。私もまた、バギオに来て初めて空の美しさに魅せられた一人だ。そして、最後は、今年の台風の被害もこのようにせき止められればよかったのにと、やはりそちらに思いを馳せずにはいられない。

 

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南西方面に広がる雲の壁。

 

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こちらは南東部の眺め。右手の、雲をかぶっているのが
サントトーマス山系。

 

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再び、南西方面。起伏のある丘陵の上に、雲がそそり立つ。
壁のように見えるのは頭頂部が一直線であることも一因だ。
上空にはこれだけ多くの雲があるのに、この壁のような雲は
なぜ、この高さで見事に揃うのだろうか。雲そのものの温度や
気圧も大きく関連しているのだろうか。

 

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もう少し寄ってみるとこんな感じ。不思議な限りだ。
生まれ変わったら法医学者になりたいと思っていたが、
山と雲を研究する地学者を目指すのもいいかもしれない。
(もっとも、もっぱらは天国で言語学者になる予定だ)

 

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2009/12/01

超群皇帝牛麺湯

しばらく重い話題が続いてしまっているので、少しヤワいネタを。タイトルを見てこちらにいらした方はかなりのフィリピン通と言えるかもしれない。ご存じ、在比日本人の間では「チャウキング」ないし「チョーキン」と呼ばれるフィリピン発の中華系ファストフードチェーンの「超群」が9月に売り出したビーフラーメン(Emperor's Beef Noodle Soup)だ。

こちらのネタに取り上げようと思いつつ、台風の被害ばかり取り上げていてすっかり遅れてしまった。もう既に味わってみられた方がほとんどかもしれない。看板が、(少し角度が悪いが)下の一番上の写真のように、器を切るとローストビーフになっているという「そそる」ものなのだが、実際に出てくるのはさほど大したものではない。

確かにビーフは、悪名高いフィリピンの牛肉にしてはヤワいほうで、旨味もかすかにある。だが、せっかくの旨味が、きつい中華風のスパイスのためにかき消されているような気がする。スープは水臭く、麺もコシが無くヤワい。一度試してみればそれで十分な代物だ。私としては、マニラでしか味わえないジョリビーのラ・パス・バッチョイのほうがよほど味にキレがあって好みだ。皆さんはどうだろうか。

 

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見た目はなかなかにそそる看板。

 

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見た感じも悪くはないが、約80ペソの価格は、総合点からすれば割高だ。

 

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スープが水臭く、麺も少量でのびているが、よく考えると、
台湾のラーメンがちょうどこんな感じなので、中華的には
デフォルトで合格点の味なのかもしれない。

 

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