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2009/10/20

400kmの旅を終えて - 北ルソン被災最新情報 -

日本で、またフィリピン国内で、あるいは世界各地で、フィリピン・北ルソンの被災状況をご心配くださっている皆様、本当にありがとうございます。この週末、不本意ではありましたが400kmの旅をして、北ルソンのごく一部ではありますが、少し各地の被災状況を見てくることができましたので、ここにご紹介申し上げます。


日曜日はアバタン(ベンゲット州ブギアス郡アバタン町)で仕事があった。私はキリスト教の宣教師なので、日曜日毎に、ある時は週日も、各地の教会に招かれ、業界では「説教」と呼ばれる、聖書からの講演のような仕事をしている。この日曜日はアバタンの教会に招かれていたわけだ。

本来は、通訳を務めてくれるはずの現地の若い牧師と、日曜日の早朝に移動する予定にしていたのだが、先日の台風17号の被害のために寸断されていた、幹線道路ハルセマ・ハイウェイの復旧状況に大きく左右されそうな状況だった、すなわち、早朝に出たのでは10時からの礼拝に間に合わない可能性があったので、大事を取り、前日の土曜日のうちに移動することにした。ちょうど、親しいフィリピン人の友人が、車で移動するからと誘ってくれたので、土曜日にもかかわらず会議で忙しい若い牧師を残して先に行くことにした。

アバタンまでは80kmの道のりだ。今回の被害としては、特に28-32km地点がひどく、4時間ほど歩いて車を乗り継がなければならない状況が続いていたが、ここが一車線だけ復旧したことで、全線がなんとか復旧するところとなった。そういうわけで、そこに至るまでもいくつか、一車線だけの場所をなんとか抜け、その28km地点までたどり着くと、なんと、復旧を待ちに待った車の列また列。聞くと上り方向、下り方向、合わせて1,000台近くが連なっており、約6時間の待ち時間という。何時間か待ってあきらめ、引き返すことにした。

ところが、今度は引き返す途中、18km地点の一車線区域でも同様の渋滞だ。悪いことにバスがスリップして道をふさいでしまってもいるという。結局、バギオを午後4時に出たのが、再びバギオに帰ってきたのが夜中の12時前。件の若い牧師には携帯でなんとか連絡がついたので、予定をキャンセルしてもらうよう頼むことができた。

一方、私はといえば、月曜日に向けてなんとしてもマンカヤン(ベンゲット州マンカヤン郡)に帰らなければならない小学校教師の友人が海岸沿いの国道経由で帰るというので、つき合うことにしました。そもそも、各地の被害がどのようなものか、自分で確かめたいと思っていたからだ。結局、バギオ(バギオ市)-バワン(ラ・ウニオン州)-サンフェルナンド(ラ・ウニオン州)-タグディン(イロコスール州)-セルバンテス(イロコスール州)と、裏側を抜けるような形でマンカヤンにたどり着いたのは、翌日の朝10時のことだった(下の地図をご参照のこと。なお地図中の「タッジャン」は「タグディン」の誤り)。

 

200910

 

最終的に、本来ならばアバタンまで80km、マンカヤンまで100kmのところを、400kmほどの大回りをしたことになる。夜通しぶっ飛ばしてくれた友人に感謝する。この日は夕食もそこそこに、友人ともども、夕方6時には床に倒れ込んだ。途中で合流した私でさえ、18時間以上も車に乗っていたことになる。

月曜日の朝は、教室に向かう友人に別れを告げ、アバタンに移動した。セルバンテスまでの道(ブッサン・ロード)はほぼ無傷で完全復旧していたが、セルバンテス-マンカヤン-アバタンの道は、まだなんとか通れるというところばかりの状態だった。

そして、アバタンを手前にジプニーを降りた。28名が亡くなったという土砂崩れの場所を訪問するためだ。まだまだひどい泥道だった。靴がすぐに泥だらけになった。土砂崩れの現場に立ち、しばし言葉を失う。散乱している衣類などが、そこに人々が住んでいたことを生々しく訴えかけてくる。

しばしビデオと写真を撮り、バギオに移動するために幹線道路まで上っていると、「先生!」と呼び止める声がする。見ると、私が2000年以来、お手伝いをしている教会の中心的メンバーだった。聞くと、このアバタンの土砂崩れで奥さんのご両親を失ったということ。ご両親には、私も、去年の彼の結婚式でご挨拶をしたばかりだ。また、近しい人の犠牲者だ。言葉が無かった。

アバタンからの帰り道は、例の一車線の区域、28kmと18kmで少し待たされることはあったが、乗合バンで順調にラ・トリニダードまで帰ってくることができた。反町眞理子さんご主宰のコルディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)で紹介されていたパスドン(ベンゲット州アトック郡パスドン村)を訪問してみることも考えたが、友人から、プギス教会の若い副牧師の一人がパスドンとのつながりがあると言うので、まずは彼に相談してみることにした。

ラ・トリニダードに着くと、その足で、9名が亡くなったブヤガン(ベンゲット州ラ・トリニダード郡ブヤガン町)の被災地を訪問した。ブヤガンは友人の奥さんの実家のある町で、9名のうちの何人かは親戚だったということだ。10mほどの幅で丘がぽっかりと崩れていた。5軒が全壊、10軒が半壊という悲惨な状況に、再び立ち尽くす。

ブヤガンを訪問した足で、プギス教会を訪問した。既にご報告の通り、80名近くの命の失われた地域だ。先のパスドンの件も含めて、若い副牧師たちと少し話し合いたいことがあったのだが、あいにく、全員出かけているということだった。教会員やその家族・親族だけで40名近くの犠牲者を出し、遺体の捜索から確認、葬儀、被害者のための炊き出し、救援物資の受領と配給など、ずっと詰めて陣頭指揮をしてきた働きづめの先生方だ。少しは現場を離れて休みたいという気持ちは痛いほどよくわかった。土曜日もまた遺体が発見されたという。教会附属の保育園が再開しているのが慰めだった。

途中で今度は、台風とは関係が無いが、私たちの学校(アジア太平洋神学校:APTS)が行なっている留置所での働きで知り合った女性から連絡が入った。なんでも、同居の叔母さんに顔を殴られて以来、吐きづめで、ついには入院したのだという。彼女はこの叔母さんにあらぬ盗みの嫌疑をかけられ、2年半の留置所生活を余儀なくされたのだが、さらにそういう暴力を受けているというから驚きだ。マニラに行っているお母さんが帰ってきたら返してくれるということ、また、少額だったので、入院代を貸してあげることにした。

APTSに帰るジプニーでは、先日、病気でお父さんを亡くした女子学生と一緒になった。学生といっても、彼女も一つの教会を担当している牧師だ。みんなからの励ましもあり、元気になっていた。APTSでの勉強も、しばらくは中断すると言っていたのが、がんばって続けられそうなのでなによりだ。

それにしても、長い、長い週末だった。そして、被災地の救援活動はまだまだ何か月も続く。日本の親しい友人に、奥さんがフィリピン人の友人がいるが、この奥さんの妹さんも家を失い、助けを求めてきている。ベンゲット州の北に隣接するマウンテン・プロビンス州からは、さらに新しい犠牲者の知らせが入ってきている。北ルソンでの最終的な犠牲者数は450名を超えるかもしれない。

このような中、今週の水曜日から木曜日にかけては再び、非常に強い台風、台風20号が北ルソンを襲うという予報がなされている。大きな被害にならないことを祈るばかりだ。

 

002
先週の金曜日、プギス教会にて。犠牲者の「前夜式」
(仏教的には通夜)が続く。翌土曜日にようやく埋葬された。

 

La_trinidad_01
APTSと、被災した各地の位置関係。
(Google Earth)

 

Puguis
80名近くが命を落としたプギス町の画像。線で囲った部分が
およそ犠牲になった部分。あらためて見ると、こんなに家があったのかと
戦慄を覚える。(Google Earth)

また、数年前の写真にもかかわらず、山の斜面に既に、大きな
亀裂があったことを見て驚く。実は、今後、さらに3倍の量の
崩落が危惧されている。2005年には既に政府から警告が出されていた
ということだ。さりとてどこにも行き場の無い人々が哀しい。

 

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アバタンの被災地。友人の義理のご両親が亡くなった。

 

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残った家も使い物にならない。

 

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トラックの被害が土砂の重さ、強さを物語る。

 

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1階部分がほぼ完全に埋まった家。

 

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28km地点。一車線のみの混乱はしばらく続く。
土砂を取り除くだけで4-5か月はかかるという。

 

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9名が命を落としたブヤガン町の被災地。
友人の親戚が亡くなった。

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コメント

 始めて投稿させていただいてます。
パムパンガ州アンヘレス在住、在比10年のnga-ngaと申します。幸いにも当地は、大きな被害は免れましたが、ondoyによる首都圏の被害、pepengによるルソン北部州の被害、罹災者の方々にお見舞い申し上げます。特に、北部ルソンについては、報道もあまりされないので貴兄のブログたいへん参考になりました。と共に”ご苦労様です。”パンガシナンに住んでいる知り合い(比人)とは未だに連絡がとれない状態が続いています。
 貴兄が牧師先生(fatherでなくpastorと思いますが)であることを今回、初めて知りました。日比聖書教会(サンファン市、MM)の横川牧師ご夫妻を訪問した事があります、8年程まえの事ですが。
 また、台風20号が近づいています。再度の災害にならないよう祈ってます。何か協力できる事があればメール下さい。

投稿: nga-nga | 2009/10/21 12:31

nga-nga さん

コメント、ありがとうございました。在比10年とは、ほぼ同期ですね。アンヘレスには一度、敬愛するtacchyさんにご案内をいただいたことがあります。おもしろい町ですね。

台風17号(Pepeng)の被害については、犠牲者が多く出たコルディリエラ山地などの被災地がよく取り上げられる一方で、洪水「だけ」、しかも天災ではなく「人災」のパンガスィナンは、ややもするとその被害が軽く報道されがちでもあるようですね。命が尊いことは言を俟ちませんが、こと洪水などの大きな被害は、誰にとってもおしなべて一大事なのは言うまでもないはずです。

横川先生ご夫妻にはいつもお世話になっています。マニラの、在比日本人の一つの良いたまり場にもなっていますね。先生方の謙遜で皆さんに仕える姿には頭が下がりっぱなしです。

台風20号については、北上するという気象庁の予報(ここ数時間は少し慎重になってきているようですが)と、16号、17号以上の勢力でルソン島北部に上陸するというPAGASAの予報とが競合しているので、なかなか難しいところです。どちらの機関にとっても、備えあれば憂い無しということで、自国領に上陸するという予報を出しておきたいところなのでしょうか。

暖かい励ましのお言葉をありがとうございます。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。

投稿: りけるけ | 2009/10/21 23:22

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