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2008/12/20

消費者にはありがたい限りだが

バギオ市(Baguio City)の隣のラ・トリニダード町(La Trinidad)は、ベンゲット州の州都だ。市制が敷かれる日も近いと耳にする。イチゴの町としてイチゴ狩りの観光産業で知られるこの町は、コルディリエラ山地の農産物が集まる、北ルソンの一大サラダボールとしても知られる。

ラ・トリニダード町に集まってきた野菜はKM5(ケーエムファイブ:その名もハルセマハイウェイの5km地点)という場所にある集積場に集められる。そこではいつも、活発な荷下ろしが行われている。

この日、連れて行かれたのは、そのKM5ではなく、KM5からハルセマハイウェイを外れ、西側の山沿いに入ったプギス(Puguis)と呼ばれる地域。KM5の集積場に、時間やスペースの都合で入りきれなかった便が、待機したり、実際に荷下ろしをしたりする場所だという。収穫物を満載にしたトラックやジプニーは、いつ見ても圧倒されるし、独特の美しさがある。荷積みや荷下ろしが手作業によることを知ればなおさらだ。

バギオ市は、このラ・トリニダード町の隣町であるという恩恵を十二分に受けている。市場には常に、新鮮な野菜があふれている。海からも2-3時間の距離なので、標高1,500mの山地にありながら早朝には新鮮な魚もあふれる。季候も良く、自然の賜物にも恵まれている。たいていの物は値段も安い。娯楽に乏しく退屈なのが玉に傷だが、これで雨期や台風がなければまさに天国だ。

しかし、これが生産者の方々の大きな犠牲の上に成り立っていることを忘れるわけにはならない。例えば、下の写真のようにじゃがいものあふれるトラック。このじゃがいものの買い取り価格は、この時点で実に1キロあたり1.25ペソ(約2.5円)だという。1キロが、である。このように3トンほどをはるばる運んできても、実に4,000ペソ弱(8,000円弱)にしかならないというわけだ。

私たち消費者は、これを1キロ15-20ペソ(30-40円弱)で買って「安い~」と言っているわけだが、その裏にはこのような、生産者の方々には厳しいシステムが存在する。感謝しつつ、生産者の方々にも少しでも有利な状況になることを願う。

 

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フィリピンのじゃがいもは、小ぶりなものが多いが、
この日持ち込まれていたじゃがいもは、大きくつやつやのものが多かった。
それにしても、この運転席のドアに貼ってある写真……。
フィリピンの「トラック野郎」も、例に漏れずこういうのを好むということか。

 

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一つ一つ手作業で詰めたにしてはあまりに芸術的だ。
長旅に揺られる中で、それぞれに落ち着いて作品に仕上がったのだろう。
季節に左右されていつも手に入るわけではない大根が嬉しい。
それにしても、屋根に乗せたものが落ちないからくりは謎だ。
ハルセマハイウェイが舗装されたからこそできるわざなのだろう。

 

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バーンハムパークの入り口にあるバーンハム氏の胸像。
その後ろの小高い丘の上、夕日に映えて光るのは、SMバギオ。

 

  

 

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2008/12/17

一か月ぶりのマニラ

所用で一か月ぶりにマニラに行くことになった。前回の記事でも触れているように、タルラック州からパンパンガ州へと抜けるバイパスが開通したことで、バギオ-マニラ間は大幅に時間短縮され、夜間であれば、ビクトリーライナーの通常便なら5時間、デラックス便ならば4時間ほどになった。

なまじ時間短縮となったことでかえって不便になったのが出発時間と到着時間の調整だ。以前ならば夜中の12時頃の便に乗ればちょうど朝の6時頃に着くという案配で、うまく眠っている間にマニラに着くという形だったのだが、いまや、深夜12時の便に乗ろうものなら早朝5時、下手をすると4時半にでも着きかねず、時間つぶしに苦労する。

幸い、バギオのビクトリーライナー長距離便ターミナルが数年前に移転、屋内の2階スペースが広く、テーブルとベンチの多いスペースになっているので、日本語も使わせてもらえるSMバギオのネットカフェSTATION 168で10時半まで(営業は24時間ということ)、スタバで12時まで時間をつぶし、そこから2時半のバスの時間まではビクトリーのターミナルに移動して、しばしベンチで仮眠をして過ごす。

2時半のバスでも、クバオに着くと8時だ。ターミナル横の大衆食堂で朝食を摂る。フィリピンの料理はどれも、どこで食べても本当においしいのでありがたい。今回はここから30分ほど歩き、目的地までたどり着く。そこでアメリカからの家族を迎え、バギオからやって来るチャーターしたバンでバギオに帰るのだ。

本来は、自然な流れとして、このバンでバギオから来て、バギオに帰るつもりだったのだが、このバンの会社というか、ドライバーとの調整が難航した。携帯メールでやり取りしているのに、英語がまともに通じないのだ。イロカノ語に変えても通じず、タガログ語でなければだめだったようで、そんなやり取りに消耗した私は、ドライバーと二人きりで気を遣いながら旅をするくらいならバスの一人旅のほうがはるかに気楽だと、往路はバスにした次第だ。

プロらしからず道に迷い、1時間遅れでやって来たドライバーは、それでも、前日、調整に難航した人々とは違ったようで、なんとか英語でのコミュニケーションを取ることはできた。しかし、政府のタガログ語政策の結果、確実に英語が通じにくくなっているという状況は、マニラ近郊だけでなく、はるかバギオにまで拡大しつつあるようだ。ますますもって、イロカノ語だけでなくタガログ語も学ばなければ、日常生活にまで不愉快なストレスがもたらされてくる予感がする。

腰を据えて現地語を学ぶのでなければ、フィリピンは確実に住みにくくなってきている。あるいは、英語でコミュニケーションが取れる、少なくともイロカノ語とタガログ語に堪能な現地の秘書的スタッフないしお手伝いさんないし親しい友人がいなければ、バギオの生活は徐々に難しいものとなってくるだろう。フィリピンの英語伝説は静かに崩壊しつつある。

 

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クバオのビクトリー・ターミナルのすぐ近くにある、
その名もニューヨーク・アベニュー。

 

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今回の目的地のすぐ近くにあったきれいなカトリック教会。
中では土曜日にかかわらずミサが行われており、かわいい子供たちの
歌声が聖堂に響いていた。

 

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教会ネタということで、こちらはヌエバ・ビスカヤ州の
山村のプロテスタント教会。カトリック教会のような建築上の趣は、
正直言って、無い。

 

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中身もこのように殺風景なもの。しかし、この教会に集う
人々にも、命は豊かにあふれている。

 

  

 

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2008/12/03

進歩する北ルソンの道路・交通事情

マニラからバギオまでの旅は、エイジアン・スピリット(Asian Sprit)社の航空路線が同社のゼスト(Zest)社への身売りを機に廃止されたとはいえ、デラックス便を含むビクトリー・ライナー(Victory Liner)社の充実、パンパンガ州(Pampanga)-タルラック州(Tarlac)間のバイパスの整備に伴い、かなり快適になってきている。先日のマニラまでの旅では、夜間であったとはいえ、往路が通常便で5時間、復路がデラックス便で4時間ほどの、かなり時間の短縮された旅となった。

バギオからさらに各地に向かう旅も、道路事情、交通事情ともに、改善が進んでいる。私がよく行くのは、北にスィニプスィップ(Sinipsip)を経てベンゲット州バクン郡(Bakun, Benguet)、アバタン(Abatan)を経てベンゲット州マンカヤン郡(Mankayan, Benguet)、南イロコス州セルバンテス郡(Cervantes, Ilocos Sur)、東にヌエバ・ビスカヤ州カスィブ郡(Kasibu, Nueva Vizcaya)などだが、いずれもキリスト教の宣教師という特殊な職業ゆえの旅であって、一部の戦跡を除いて大した観光地もないこれらの地域に足を踏み入れるのは、さもなくば生物学や地学、文化人類学、言語学の研究者か大戦時の山下財宝ハンターくらいのものであろう。

この記事では、この北ルソンの道路・交通事情について、以下に少し、写真とともに、その今昔(といってもここ10年程度のものだが)をご紹介したい。写真は、サムネイルをクリックすると、1024×768ピクセルのサイズでご覧いただけます。

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バクン郡の北部路線のバス。新古車に近い、かなり質の良いもの。

 

02
シートも良く、灰皿は私には喜ばしいものではないにせよ、網ポケットやドリンク受け、アームレストがあり、しかも、リクライニングシート。下手なビクトリーライナーよりよほど快適だ。

 

03
バクン郡の南部路線のバス。ひどいカーブの続く路線だが、手すりやアームレストなどの自分を固定する設備がほぼ皆無で、快適さはかなり劣る。

 

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車内は所狭しと荷物が置かれている。右側の乗客が足を置いているのは、バギオ方面に出荷されるアラビカ種のコーヒー豆。米でもコーヒー豆でも、平気で足を置き、座り、その上を歩く。それでも、二人掛けというのは良心的で、ヌエバ・ビスカヤ州へ向かうバスでは、この幅で3人座らせられる。

 

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バクン郡の道は、このように一車線分だけながら舗装が進みつつある。コンクリート舗装なので、すぐに傷んで、割れたり、ぼろぼろになってくる。

 

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こちらはヌエバ・ビスカヤ路線の乗合バンの休憩所、ベンゲット州ボコッド郡グルレル(Gurrel, Bokod, Benguet)。トイレやレストランがあり、車が止まると、地元のおばちゃんたちがティノドット(tinodot)と呼ばれる餅米のおやつを売りに集まってくる。これが甘くておいしい。

 

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グルレルからさらにベンゲット州東北部のボコッド郡、ブギアス郡(Buguias)へと続く道(左)と、ヌエバ・ビスカヤ州のカヤパ郡(Kayapa)からアリタオ郡(Aritao)、バンバン郡(Bambang)へと抜ける道(右)。いずれも、きれいに舗装されたのはここ数年のこと。

 

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ベンゲット州とヌエバビスカヤ州の州境にあるモニュメント。フィリピンの夏の首都と呼ばれるバギオの向こうを張って、"Welcome to Kayapa: Summer Captal of Nueva Vizcaya"とあるのはフィリピン流のしゃれだ。

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ベンゲット州バクン郡の北部路線をかつて走っていたのはこのジプニー。一番上の写真のバスと比較してみて欲しい。屋根の上まで荷物を一杯に積んでいる。出発時に、無秩序の中の秩序、荷崩れしないようにきちんと積み上げてロープで縛るのはいいのだが、宅配便の配送センターでもあるまいし、人々が降りる順番までは考慮しきれない。いきおい、誰かが降りるとなると、あれでもない、これでもないと、荷物探しが始まる。男たちには立ち小便の絶好の機会だった。

 

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バクン郡の道はかつてはこのように荒々しいラフロードで、降りて乗客で押さなければならないこともしばしばだった。これが雨期になると、ジプニーが平気で滑り降りてくるような恐ろしい修羅場になる。

 

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こちらは、ベンゲット州マンカヤン郡-イロコスール州セルバンテス郡間の急斜面。押してもダメなら引いてみな、だ。

本来は、レパントダム(Lepanto Dam)というダムの湖があり、そこをかするように走るのがセルバンテス郡への幹線道路だった。このダム湖は、マンカヤン郡レパント町(Lepanto, Mankayan, Benguet)にあるレパント炭坑(Lepanto Mines)から出る排水で、それはそれは表面が銀光りするほどひどく汚染されているのだが、2001年の台風でそちらの道が封鎖されて以来、第2セルバンテス道路と呼ばれていたこちらの道がメインになっている。

この悪名高かりし斜面も数年前に舗装されて、これも今はもはや見られない光景となった。ありがたいのもやまやま、寂しいようなのもやまやま、北ルソンの山々の旅はこれからも続く。

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