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2008/10/04

9年ぶりの拘置所

9年ぶりの拘置所といっても、再びお世話になるのに変わりはないのだが、何かしでかしたわけではない。私はキリスト教の牧師や教師を養成する大学院の教師見習いでもあるのだが、そこに、学生の活動の一環として拘置所訪問というプログラムがあり、担当教師の一人として、学生を引率しての訪問だ。9年前にも一時、学生として訪問チームに加わっていたことがあるので、9年ぶりというわけだ。

9年ぶりといっても、変化はほとんど無かった。拘置所内の詳しい様子を書くのは、このような働きに携わる者の倫理として避けたいが、いつも(少なくとも外面的には)明るく、収容者たちの動きも自由で、およそ拘置所には見えない。上司にあたるアメリカ人教師と、韓国人、ニュージーランド人夫婦、フィジー人2名の学生たちは、いずれも初めての訪問だったが、特に訪問者との面会のためのスペースがあるわけでもなく、男女が同じ空間にいて(寝る場所はさすがに女子だけの一角があるようだが)、自由に使えるキッチンまである様子に、あっけにとられていた。

訪問といっても、日本の教誨師のように個別にカウンセリングといった大それたことをするわけではない。拘置所内のチャペルでキリスト教の礼拝を一緒にするだけだ。驚いたことに、収容者の中にはちょっとしたバンドのようなものがあり、きちんと楽器を弾いて、きょうびの讃美歌をリードしてくれる。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ(My Way)」(私の道)を、「ザイ・ウェイ(Thy Way)」(あなたの道)と替え歌にして、自分が思うがままに生きてきた道から神が願ってくださっている道を生きるように変えられたと熱心に歌う姿は、シャバの教会でもなかなか見られるものではない。

献身的にリーダーを務めるクリスチャン収容者たちを見ていると、彼らもまた、私たちと同じ時間帯にどこか他の教会から奉仕に来ている人たちなのではないかと錯覚するほどだ。聖書から説教をするのは、9年前に来ていて少しでも中の雰囲気を知っているということで私だったのだが、熱心に耳を傾ける姿、涙を流して聞き入る姿には、私のほうが混乱させられる。9年前にも見たことのある顔が、刑務所ではなく拘置所でしかないここで見られることにも胸が痛む。また戻ってきたのか、それとも、いまだに判決に至らずにここにいるのか。

「キリスト教国」フィリピンは本当に奥が深い。なぜ、このように輝く彼らがここにいるのか。キリスト教は、人生が変わらなければ意味がない。たとえ故あってここにたどり着いてしまったにしても、ここからの人生は変わっていって欲しい。涙目の笑顔で感謝をしてくれる収容者たちと握手をしながら、そう祈らずにはいられない。

 

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拘置所内の写真を撮ることはさすがに禁じられているので、
入場の際に押されるスタンプを。

 

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不謹慎だが、昔、通っていた、出入り自由のディスコ(古い!)の気分だ。

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投稿: モバイルフィリピン | 2008/10/07 14:08

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