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2007/12/13

先の者が後になり

「しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」

ヌエバ・ビスカヤ州カスィブ郡(Kasibu, Nueva Vizcaya)への訪問を終え、バギオ市(Baguio City) への帰途についた私は、ほこりっぽい田舎道、うなりを上げてやって来たジプニーに飛び乗った。この地方の交通の要衝、ヌエバ・ ビスカヤ州バンバン(Bambang)へと下るためだ。唯一の幹線道路とはいえ、不定期にしか来ないジプニーは、 一つを逃すと一時間も二時間も待たされることがある。

乗り込んだジプニーは珍しくがらがらだ。バンバン行きのジプニーはたいてい、奥地での農作物を満載しており、 人は屋根にしか乗る場所が無い。いかにも役所に行きますといった、田園風景には恐ろしく場違いな服装の奥様方、 カスィブの埃道を行く前からやたら粉っぽい顔をした奥様方でさえ、いかにも重たげなお尻をためらいなく屋根に上ってくる。 ちなみにカスィブ郡の特産物はショウガ、カボチャ、それに柑橘類である。

少し行くとジプニーが止まる。不審に思っていると、道端に高く積まれた米のサックを積み始める。そう、米もまた、 高地ながら盆地の平地であるこのカスィブ郡の特産物なのだ。がらがらのジプニーはやはり、 がらがらのままバンバンに下るような愚かな無駄はしないのである。

一つのサックは、おそらく50kgの米が詰められているのであろう。農家のオヤジらしき人物の指示で、ジプニーの車掌である若者と、 なぜか乗客の若者が、協力しながらジプニーに積み込んでいく。こういう時に、なんだ、オレは客だぞ、 などと野暮なことを言わず自然に手伝える若者の姿は、いくら彼もまたおそらくは農家の子供でそれが生活の一部になっているにしても美しい。 二人の若者は、サックの両端を持ち、二、三回、左右に振って弾みをつけ、頭の上の高さまで振り上げる。 そして運ぶ側の若者がサックをしっかり握ったまま体を反転させると、重い米のサックがずんと頭の上に乗るという要領である。

しかし、どれほど淡々と仕事をこなしているように見えようが、50kgからの米を頭に乗せて積み込み作業を続けるというのは、 決して楽な作業ではない。そういう姿を見ていると、こちらも、後から乗れそうなジプニーがやって来たとて、 あっさりと見切ってそちらに乗り移るわけにもいかない。"katugawan"(同じイスに座り合わせた者同士) という言葉さえある文化である。ここはこちらも、早く先に進みたいという心の苛立ちを隠しながら、のんびりと待つことにする。

カスィブ郡はのどかな田園地帯である。小川のほとりにはココナツの木が並ぶ。お取り込み中のジプニーの横を、 パニキと呼ばれる荷台を引いたカラバオ(水牛)が何の遠慮もなく追い抜いていく。ちらりとこちらに一瞥をくれていくのは、 カラバオなりの礼儀というものがあるのだろう。

冒頭の言葉は、新約聖書のマタイによる福音書19章30節にあるイエス・キリストの言葉である。人生は、 なんとか先の者を追い抜いていこうという戦いに満ちている。しかし、自ら願ってであれ、時にはこのように不本意であれ、 先の者でありながら後の者になるというのも良いものかもしれない。イエス・キリストの語る「後の者が先になる」ということも、 自らの努力によってそうなるというのではない。後の者に道を譲っていく謙遜さを学ぶことによって、 時が来れば神が一番良い形で引き上げてくださる、人が持ち上げてくれる、と言うのである。

「しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、 仕える者のようになりなさい」(イエス・キリスト(ルカによる福音書22章26節))

田舎に生まれ育ったのも一つの定め、都会の同年代の若者に比べれば後を行っているかのように見えるこのカスィブの若者たちにもまた、 ひとかけらでも多く、神と人からもたらされる幸せを味わってもらいたい。クリスマスを前に、米の積み込みをぼんやりと眺めながらの、 思いの戯れである。

 

米の積み込み
体をくりんと反転させて頭の上に乗せたところ。
まっすぐ伸びた背筋と、足の踏ん張り具合が、
米の重さと、子供の頃からの鍛えられ方を語っている。

もう一本、待てばよかった
後ろからやって来るのは、あとは町までまっしぐら
というのが明らかなジプニー。もう一本、待てば
よかったというのが正直なところ。

詩篇1篇
「その人は水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない」
(詩篇1編)

追い抜かれちまった
うう、あんなのろのろしたヤツにまで先を越されて
しまうとは。

 

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2007/12/11

街の一大事 - フィリピンの国技

フィリピンの国技は、セパタクロ(sepak takraw)のようなスィパ(sipa)というスポーツなのだそうなのだが、 若者がこれに興じている姿など、10年近くのフィリピン滞在で一度も見たことがない。もっとも、きょうびの日本でも、 長く国技と思い込まれてきていた相撲に興じる若者の姿を見かけることはまずない。フィリピンのスポーツといえば、 個人競技ではボクシングにビリヤード、団体競技ではやはりバスケットボールだろうか。ビリヤードがスポーツというのは、 F1レースがスポーツだと言われるのと同じほど、スポーツに疎い私には不思議なことだ。

北ルソンの山間部では、バレーボールをしている光景もよく見られる。先日も、崖っぷちでバレーボールに興じていた小学生たちを見た。 ボールが彼らの輪を大きく外れ、100mはある急斜面を転がり落ちていってしまうと、 何人かの子供がそれを追いかけて走り降りていってしまった。さすがだ。彼らにとっては、 崖を落ちていったボールを探しに山の斜面を転がり降りていくことこそ、真のスポーツ、否、スリル満点の娯楽なのかもしれない。彼らならば、 かの源義経の「鵯越の逆落とし」なども、難なくこなしてしまったことだろう。人間の能力というのは、実に計り知れないものだ。付随する 「恐怖の感覚」も、文化によって大きな差があるのだろう。

さて、ヌエバ・ビスカヤ州バンバン(Bambang, Nueva Vizcaya)では、街の若者たちが、 愛用のバスケットゴールを修理していた。街の中心部には、行き交うジプニーやトライシクルの不便なども考えず、 広い道路の中央にバスケットゴールが置かれている。否、それらジプニーやトライシクルの運転手こそ、 バスケットボールに興じる中心的メンバーなのだ。そのため、いざ、バスケットゴールに不都合が生じると、すわ、街の一大事、 下の写真のように、若者が集まり、本業の運転の仕事顔負けに真剣な表情で補修作業が行われるのだ。

カラオケもビリヤードも娯楽ではあるが、自分で設備を持っていない者にとっては、金のかかる娯楽に違いない。ボクシングも、 テレビで観るにはいいが、自分でするには相手あってのもの、ちょっと路上でボクシングというわけにはいかない。路上で一人、 シャドーボクシングというのも、ちょっとあり得ない光景だ。野球は、ナショナルチームが無惨、日本と韓国の両方にコールド負けをしていた。 デ・ラ・サール大学のサッカーグランドでは、しばしば夕闇の照明のもと、野球チームが練習をしている光景が見られたが、裾野の広さ、 層の厚さという点では、バスケットボールの地位は安泰である。誰かのボール一つあればタダで楽しめるバスケットボール、 誰とでもすぐに親しくなれるバスケットボールは、22世紀になってもフィリピンのデ・ファクト国技の地位を占め続けることであろう。否、 その頃になれば、誰もが、道を歩きながら携帯端末片手にオンライン対戦に興ずるだけになるだろうか。

 

バスケットゴールの補修作業 
見事な協働作業が繰り広げられる、街の一大事。
普段は無気力で無愛想な兄ちゃんたちの間に、
感動的でさえある自己犠牲的な行動が見られる。

カラオケ屋
山間部の田舎町にも見られるカラオケ。どこまでも
場末な雰囲気を漂わせている。
"sing-along"((~に)沿って歌うもの)が、いわば「カラオケ」の英訳。
"-an"は、北ルソンの言語に共通して見られる接尾辞で「場所」の意。
雰囲気は場末でも、言語的には立派な借用と融合の現象が見られる。

 

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