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2006/12/19

バギオ市中心街を望む

バギオ市街の眺望

バギオ市中心街を東から一望する機会が得られた。ラ・トリニダード郡ベッケル町ラムート村(Lamut, Beckel, La Trinidad)への道のりだ。手前には、この村の名物、菊の花のビニールハウスが見える。

左は南にあたるがさほどの南部は写っていない。左端中央の三角屋根の大きな建物がSMバギオだ。 そこからやや右手に下った辺りに同じく大きな建物が林立しているのがバギオ大学(University of Baguio) ないしセントルイス大学(St. Louis University)の界隈、右手の小高い丘はタカイ(Takay)(「高い」ではなく) という地区のある丘で、夜は丸い丘に蛍が止まっているような美しい夜景の一部となる。

一つ丘を越えた向こうにかすんで見えるのはグリーン・バレー(Green Valley)と呼ばれる地区。最近、人気のBECI (Baguio English Communication Institute)という英語学校はこの辺りにある。 乗馬などが楽しめるレジャー施設もある。

背後のひときわ大きな山はサント・トーマス山(St. Tomas)。マニラから来るアジアン・スピリット(Asian Spirit)の飛行機は、南である左手から来てバギオ市の上空を旋回、さらにこのサント・トーマス山の尾根を削るように旋回して、 正面の西側から手前の東側へと着陸する。尾根上に見える象ないしミッキーマウスの耳のようなものは、このアジアン・ スピリットを誘導するためのレーダーサイトらしい。

「緑の谷」なるグリーンバレーは、実はサント・トーマス山頂にほど近い。ここは、年中熱帯の低地、ラ・ウニオン(La Union) 州沿岸の南シナ海で温められた上昇気流が一手に集まるところにあり、朝11時頃には既に厚い雲、すなわち深い霧に包まれる。そのためか、 アジアン・スピリットは、この不安定な気流を最大限味方につけるべく、西から着陸し、西に向けて離陸する。そして、 朝の10時半にはそそくさとバギオを去る。バギオ近辺まで飛来してあえなくマニラに引き返すことも多い。 山肌が刻々と迫ってくるのに圧倒されつつ、左に右にゆらゆらと風にもてあそばれながら大きく旋回、着陸するというのは、 マニラからバギオまでの45分という短いフライトの中でも最もスリルを味わえる時間であることは間違いない。

マニラからバスで上ってくる際にも、マルコス・ハイウェイ(Marcos Highway)を利用して西回り、このサント・ トーマス山の尾根を右下から左上に上ってくる形になる。南にまっすぐ下るケノン・ロード(Kennon Road)が狭く、 ビクトリーライナーなどの大型バスが通れないためである。したがって、長旅の末、はるか遠くに見えて感動するバギオ市の町並みは、 実は中心街のそれではない。この写真で言えば、右手の丘の裏側に広がる郊外の図なのだ。

バギオはすっかり乾期に入って寒い。季節外れの台風たちは、その地名が「台風」(bagyo) に由来するバギオを避けて南の地方を襲ってばかりだ。クリスマスが誰にとっても笑み多き季節となりますように。皆さんもこの、 ちょっと退屈だけど美しい田舎町バギオに、ぜひお越しください。

 

セッションの英語学校 
目抜き通り、セッション通りに最近できた英語学校。
最近はこのような学校がどんどんと生まれている。
冷涼で適度に小さく、人々の優しい町バギオは、
外国人の短期英語留学にも向いている。
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バギオの夕闇 
暮れなずむバギオ。丘に止まる蛍たち。
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2006/12/16

400kmも離れていたのに

季節外れの12月にやって来た台風22号。雨期はとっくに終わっているはずなのに、いまだにぽつり、ぽつりと台風がやって来る。テレビのニュースでは気候変動という言葉がよく聞かれるようになった。

予報ではこの22号は、ルソン島の南、サマールの辺りを東西に通過するということで、先日の21号で多くの人々が亡くなったルソン島の南端、レガスピ周辺の様子が気になりながらも、私たちはこの週末、ヌエバ・ビスカヤ州カスィブ郡(Kasibu, Nueva Vizcaya)の友人宅を訪問した。

すると、400kmも南を通過しているはずの台風であるにもかかわらず、その影響なのか、ヌエバ・ビスカヤ州のバンバン町(Bambang)に到着した土曜の午後から大雨になり、日曜は暴風雨に見舞われることになった。私たち家族は月曜日早朝のジプニーでカスィブからバンバンに戻り、乗合バンでバギオに帰る予定にしていたのだが、結局、カスィブ-バンバン間の唯一の幹線道路が川の増水で切断され、水曜日の朝までバンバンに下るジプニーがないという状態が続くことになった。

台風の影響とはいえ、この地域の大動脈にあたるこの幹線道路がそれほどもろいはずはない。聞くと、今年の8月に襲った大きな台風のために、橋が流され、それ以来、カスィブに向かう、あるいはバンバンに向かう車は、必ず川を渡らなければならない状況が続いているのだという。そして、流された橋をかけ直す予算が無いためにずるずると不便な暮らしを強いられている中、 11月にこの地域を直撃した台風によって状況はさらに悪化、はるか400km先を通過している今回の台風22号からも、直接的な被害を受けてしまったのだという。

すっかり晴れた水曜日の朝ではあったが、橋の流された現場では、ジプニーの乗客は皆、車から降り、平たい木材を二本渡しただけのきわめて危険な川を渡らなければならなかった。足元のすぐ下は逆巻く激流である。少しでも足を滑らせればそのまま飲み込まれ、深みに引き込まれるか、岩に体を叩きつけられることになる。命さえも危ないだろう。小さな子供たちも渡っている。幸い、私の4歳の娘は、友人が抱いて安全に渡ってくれた。

このような状態は、数ヶ月は続くことだろう。幸い乾期に入ったとはいえ、山の天気は変わりやすく、バンバンから500m以上登る霧の台地カスィブは頻繁に雨に見舞われる。買い物や所用のためにこの道を通る人々は、そのたびにこの激流を歩いて越えるのである。

川を渡ったジプニーは、何事もなかったように山道を下り始めた。やがて、かばんを背負った登校途中の子供たちが向こうから登ってくる。この地域の子供たちは、毎日、学校の行き帰りに、あの「橋」を渡らなければならないのだろうか。雨が降らないと、農業で生活を立てているカスィブの人々は困る。雨が降るとカスィブの人々の足が妨げられ、幹線道路沿いの人々も不便と危険にさらされる。そもそも、カスィブの人々もせっかくの農作物をバンバンまで売りに行けなくなってしまう。少しでも早く、そして来年の雨期が来る前に、橋が復旧して欲しいものだと切に思う。

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客を全て降ろしたジプニーが急流にアプローチする。
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ジプニーができるだけスムーズに渡れるように岩を動かし、
ルートを整える車掌たち。
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乗客はこちら。バランス感覚の優れた地元の人々も、
ここでは裸足が一番無難らしい。
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大人も子供もここを渡るしかない。中央の岩の向こうに見える
石垣のようなものが、かつてここにかかっていた橋の橋脚の残骸。
それにしても、あの大きなジプニーが渡れていたほどの橋が、
跡形もなく流されてしまうのは、増水した水の勢いなのか、
それとも建築技術、資材の問題なのか。
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小学生がこれを渡って学校に通う光景は、想像するだけでつらい。
もっとも、地元の人々はそれほどやわではないとは思うが。
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なんとか問題なく渡れている模様。米もトマトも
かぼちゃもしょうがも、これで少しはお金になりそうだ。
通学の小学生などは、半ズボンにゴムぞうり。
案外こちらが通学路かもしれない。少し安心。
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やはりジプニーは頼もしい。
これを毎日往復する運ちゃんたちも大したもの。
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こういう車高の低い一般車両は本当につらいはず。
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