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2004/09/25

ミーハーなのは同じ

この5月に大統領選挙のあったフィリピンでは、約2か月という途方に暮れるような泥沼の開票期間を経て、現職のグロリア・マカパガル・アロヨ(Gloria Macapagal Arroyo)大統領が当選した。知名度で肉薄した対抗馬、元俳優フェルナンド・ポー・ジュニア(Fernando Poe Jr.)氏と人気ニュースキャスターで上院議員ローレン・レガルタ(Loren Regarta)氏のコンビを破っての勝利だ。

折りしもその選挙戦の最中、マウンテン・プロビンス州にあるカダクラン(Cadaclan, Barlig, Mountain Province)という村を訪ねた。私の中にあるかすかな長野県の情景を思い起こさせるような、日本アルプス級とはとても言えないながらも四方を山々に囲まれた小さな村だ。州都ボントック(Bontoc)からは、車で険しい山道を6時間のところにある。

ここで一泊したのだが、小さなコテージがいくつかある宿泊施設に泊まった。こんな人里離れた村にこんなこぎれいな施設があるなんて、いったい誰が来るのかと思っていたが、フィリピンでは「夏」休みの4~5月頃のこと、既に雨季が近づいているとはいえ、バドミントンができるほどの小さな集合スペースにある黒板には、今後の宿泊客の予定がぎっしりと書き記してあった。

私は、一番高いところにある見晴らしの良いコテージに泊まった。そして、そこで面白いものを見つけた。数年前にこの村を訪れたというアロヨ大統領とご主人のマイク氏が座って山々を眺めたというイスである。フィリピンに来たことのある人なら一度は見たことのあるはずの黄色いプラスチック製のイスは、盗難防止のためか脇の木にしっかりとくくりつけられていた。黒マジックで乱雑にその「歴史的」事実を書き記してあるのはいかにもフィリピン的ではあるが、普段はアロヨ大統領を含め政治家には歯に衣着せぬ物言いのフィリピン人も、大統領が実際に座ったイスということであれば観光資源の一つになってしまう、というのがわかりやすくていい。

と、このようにうれしげに写真つきで書き込んでいる私自身もその同類であるのは、読者のみなさんが既に看破されている通りである。ちなみにこののどかな山村であるカダクラン村は、北ルソンとりわけカリンガ・アパヤオ(Kalinga-Apayao)州に多いとされる共産ゲリラ対策の一環として、国軍が常駐している村という素顔を持ってもいる。アロヨ大統領の訪問もただの物見遊山ではなかったのだ。ただし、夜中に何かが顔の上を這ったかのように感じたあのコテージに夫妻が実際に泊まったかどうかについては、限りなく自信がない。

photos/cadaclan_001
四方を山々に囲まれたカダクラン村。
中央やや左手に、陽の光を受けて輝く屋根がいくつか見える。
(クリックすると拡大画像(800×600ピクセル:110KB)がポップアップします)

photos/arroyo_001
アロヨ大統領の座ったプラスチック製のイス。
「大統領訪問:2001年12月29日。
グロリア・マカパガル・アロヨ大統領がこのイスに座った」とある。
(クリックすると拡大画像(800×600ピクセル:75.8KB)がポップアップします)

photos/arroyo_003
大統領のご主人であるマイク氏(ファースト・ジェントルマンとある)が座ったとされるイス。同じような口上が書かれている。
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photos/arroyo_002
村人の表敬を受けるアロヨ大統領。
光を反射してうまく写真を撮らせてくれないラミネートパックに
宿泊施設側の気合いが見て取れる。
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2004/09/20

台風の爪あと

社会的インフラの十分に整備されていないフィリピンは、自然災害にめっぽう弱い。台風一つで低地の道路がすぐに水をかぶってしまうと思えば、舗装されていない山の道は土砂崩れで通行止めになる。今週の旅では、最近の大きな台風から既に3週間が経つというのに、通行止めでバスを乗り換え、という憂き目に遭った。幸い、目的地としている方向から来たバスも立ち往生していたため、お互いにバスを交換する形で代替バスとすることができた。このような体験は決して珍しいものではないが、文句一つ言うことなく、わかりきった日常であるかのように、子供の手を引き、あるいはサックや段ボール箱の荷物を担いでバスを乗り換える姿に、大きな「さだめ」に黙々と向かう人々の強さを見た思いがした。

photos/landslide_001
土砂崩れによる道路封鎖に立ち往生したバス。
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photos/landslide_002
台風で地盤が緩んでいるため、少しの雨で一気に崩れる。
このような場所が至るところにあり、よく考えると危ない。
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photos/landslide_003
目的地方面から来たバスが代替バスだ。
このまましばらく、そろりそろりとバックで山道を下っていく。
(クリックすると拡大画像(800×600ピクセル:162KB)がポップアップします)

photos/landslide_004
ささいな斜面だが重い荷物を担いで越えるのは一苦労だ。
足の悪い人も、何度も滑って転びながらだが、周りの人がすぐに助ける。
人の荷物でも気軽に運んであげる自然な助け合いがある。
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2004/09/18

その名も「一番高い地点」

バギオ市のあるベンゲット州(Benguet)、その北のマウンテン・プロビンス州(Mountain Province)、さらに北のカリンガ・アパヤオ州(Kalinga-Apayao)にまたがる地勢は、コルディリエラ山地と呼ばれ、平均して1,500~2,500mはあるだろうか、山々の尾根が幾重にも重なり合って続いている。バギオ市とマウンテン・プロビンス州の州都ボントック(Bontoc)をつなぐ国道は、ハルセマ・ハイウェイ(Harsema Highway)と呼ばれ、ちょうどこのコルディリエラ山地を縦貫するように走っている。

アロヨ大統領の選挙運動を兼ねて国の歳費で行われていた大規模な道路整備事業のおかげで、最近でこそ道は徐々に整備されつつあるが、それでもこの「国道」は俗に「マサヒ・ロード」と呼ばれるほど状態が悪い。「マサヒ」(massage)とは「g」をハ行で読むスペイン語式発音によるもので、英語風に読めば、そう、「マッサージ」である。車に乗りながらにしてマッサージを受けているかのように感じられるほど、とにもかくにも道が悪く揺れるということを揶揄したネーミングなのだ。

このハルセマ・ハイウェイ、まさに「スカイライン」という和風な名称を与えてもいいほどの眺望である。道の悪さのゆえに、まるで荒れた気流の中を行く田舎のプロペラ機に揺られているような状態が続くという難はあるが、朝に昼に夕に、刻一刻と移ろう美しい風景が楽しめる。とりわけ乾期には、太陽と雲と山々が、どこまで行っても飽きさせない表情を繰り広げるのだ。

このハルセマ・ハイウェイにとっての自慢の一つが、「ハイエスト・ポイント」(Highest Point)である。「一番高い地点」という名前にひねりは何もないが、有無を言わせぬ説得力はあるように思う。もっとも国道が富士山の頂上のようなところを通るわけはなく、あくまでフィリピンの国道が走っている地点としては国内で最も高い場所という意味であり、地元の人々はここからさらに山道を登って農作業を行う。7,400フィートというから、手元の換算表によれば2,255.52mだ。旅人のオアシスであるトイレと、形だけの売店がある。

展望台もある。だが、これまでさんざ眺めの良い山道を来て、いまさら眺めを楽しむも何もない。路線バスは素通り、最近台頭の乗合バンも、客が用を足すか足さないかのうちにそそくさと出発する。唯一ある、いかにも手作りなコンクリートの看板に記念写真を撮るだけの価値があるかどうかが、個人の好みが分かれるところだ。ベンゲット州北部の交通の要であるアバタン(Abatan)へはあと1時間ちょっとだ。

photos/highest_point_001
前方の山の斜面と道路の交差しているところがハイエスト・ポイント。
なるほど、ここから見ても道が少しずつ登っていっているのがわかる。
(クリックすると拡大画像(800×600ピクセル:50.2KB)がポップアップします)

photos/highest_point_002
年中、落石に悩まされる近隣の「国道」。
ほとんど意味のないガードレールの反対側に転がり落ちている約300mの崖も、
ふと我に返るとこわい。
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photos/highest_point_003
これがそれ。わびしい売店。その後ろはやはり険しい崖があるのみだ。
一度、台風の時に泊まってみたいと思っているのだが、
無愛想な店番のおねいさんに声を掛ける勇気がまだない。
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2004/09/15

若者のすることは大胆

ベンゲット州ブギアス地区(Buguias, Benguet)で持たれたクリスチャンの青年キャンプに招かれた時のこと、青年たちが食事の準備をしているのを見て驚いた。お皿にご飯を盛るのはいいが、そのお皿をさらにテーブルの上に盛っているのだ。450名以上の食事をさばき切るのは確かに大変なこととはいえ、その大胆な発想に目を丸くした。

見れば料理も、たき火をたいて、大なべにシャベルのようなもので作っている。なるほど、ここまで大胆であれば何が出てきてもおいしくいただけるはずだ。洗い物も協力して、みんなでたらいを囲み、わいわいとしゃべりながら楽しそうにしている。

行きも帰りもジプニーは屋根まで満員。カウボーイ("cowboy")を「コボイ」と発音し、その「コボイ」であることを誇りとしている山村の青年たちは、政治的にも経済的にも格闘を続けるフィリピンにとって頼もしい未来だ。

photos/plates_001
山盛りのご飯に山盛りのお皿。
洗えない紙皿だけにビニール袋がかぶせてあるのは暮らしの知恵だ。
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photos/cooking_001
青年たちも、お手伝いの大人たちも、日常を離れたキャンプの場で楽しそうだ。
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photos/full_jeepney_001
フィリピン名物「満員御礼」ジプニー。
ガタガタ道を何時間揺られて帰っていくのだろうか。
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2004/09/13

山の子たちのアトラクション

フィリピンに来て誰もがおそらく思うのは子供たちの美しさだ。バギオのSMやケンタッキーフライドチキンで時折見かける、丸々太ったいかにも裕福そうな子供たちを除けば、彼らの生活環境は概して「貧しい」。しかし、その笑顔はいつも輝いている。子犬のように友達と転がり、取っ組み合いながら無心に遊ぶ姿に何が本当の豊かさなのかと考えさせられるのは、もはや語り尽くされたことと言えるであろう。

昨日は、バギオから車で20分の山村にお邪魔した。鉱山が閉鎖されたこの村は、男たちが働き場を失い、苦しい経済的環境の中にある。何とかしたいと思った一人の独身クリスチャン女性が、国際的な学校の職員という立場を生かし、支援を集めて農業や養豚業を始め、そこから得られる収入を村人たちの共有財産としている。この日はこの女性が養子に迎えた赤ちゃんの献児式(日本でいう「お宮参り」のようなもの。キリスト教の神に子供の生涯の祝福を祈るとともに、子供が神から与えられたものであることを再認識し、親としての意識を新たなものとする式)が行われるということで、外部からの訪問客とともに、村人たちがお祝いに集まった。

この村には幸いにして電気が通っているが、四方を山々に囲まれた中にあってテレビはまともに映らない。否、テレビのある家庭は恵まれた家庭だろう。子供たちにとっての娯楽はとにかく友達と遊ぶことしかない。この日招かれた人形劇チームは、子供たちにとっては格好のアトラクションとなったようだ。昼食の皿が配られる中でのアトラクションであったが、中にはお皿を脇に置いて人形たちと一緒に踊り出す子も。お兄さん、お姉さんたちが腕を精一杯伸ばして演じる人形たちは、カラフルな風船とともに、子供たちの人気者となった。


photos/puppet_001
セサミストリート顔負け?の魅力的な人形たち。
風船で"Elizabeth"と赤ちゃんの名前がつづってあるのもなかなかの芸だ。
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photos/puppet_002
熱心に見入る子供たち。
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2004/09/09

一本、また一本

北ルソンの山村の生活には日本人には想像のできない苦労が多い。車の通れる道に面している場所であれば、ほどなく電気とコカコーラがやって来るが、そんなささやかな文明と呼べるものすらいまだにない場所は多い。そのような村では、例えば、一週間に一回、30kgの農作物を担ぎ、断崖絶壁に近い山道を歩くこと4時間、ふもとの村まで下り、そこからジプニーで1時間の町で開かれる週一回の市場に売りに行く、といったことが生活の一部となっている。帰りも手ぶらでは帰らない。塩や砂糖、石鹸などの生活必需品を、また30kgほど買い込んで帰ってくるのだ。もちろん、山道を歩く時は「スィニラス」、そう、一足40円ほどのビーチサンダルである。

下の写真の青年は、この橋から山道を20分、標高差にして150mほど登った村から一本一本、角材を担いで降りてきている。この橋を渡ってさらにその次の写真のような山道を20分ほど進んだところ、川沿いに田畑が開けているところに、農作物の貯蔵と雨宿り、休憩のための小屋を建てているところなのだ。村からさらに山に入った高いところから良質の木を切ってきては自宅の庭で製材し、一本、また一本と担いで下りてくる。今回訪問した時にはその小屋もすっかり完成していて、自分のことのように嬉しく思った。

photos/logcarrying_001
川面から40mはある今にも落ちそうなつり橋も、
この村で生まれ育った彼にとってはただの「道」だ。
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photos/mountain_path_001
一歩足を滑らせると後は落ちるところまで落ちるだけの山道。
とても長い角材を担いで歩きたい道ではない。
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2004/09/08

たまにはあやかりたい

北ルソンの山村には、道が十分に整備されていないために川を渡って行かなければならないところがある。村人たちは、ふだんから「スィニラス」と呼ばれるビーチサンダル(もっと言うとゴムぞうり)で生活しているので、川であろうがぬかるみであろうが平気なのだが、「現地に溶け込むりけるけ」を自称しつつも、まだまだそこまでローカルなライフスタイルになじみきっていない私には、しっかりとスパイクのついた「マイ・ジプニー」なるスニーカーが手放せない。否、ライフスタイルうんぬんの問題ではない。要はビーチサンダルではつるつる滑ってうまく歩けないのだ。まだまだ足さばきが下手なのである。

そのため、川を渡らなければならない場所に来ると、いちいちはだしになるか、持ってきているビーチサンダルをそこで初めて履くことになる。大都市大阪出身の私は、フィリピンに来て初めてアウトドアな生活を始めたようなものだ。時折、なぜこんなことをしているのだろうと思わないでもないが、気に入ってしまって仕事の一部になってしまったのだからしょうがない。川だろうがビーチサンダルだろうが、前に進むしかないのだ。

事実、過密なバギオでのスケジュールを離れて山村にでかけるのは大きな気分転換となる。最近ではフィリピンの人々にもいろいろあって誰もが人なつっこく底抜けの笑顔を向けてくれるわけではないということを学びつつあるが、それでも、歓迎してくれる人は温かく、そういう人々がいるだけでまた楽しみに出かけていきたくなるものなのだ。もはや依存症的症状に陥っているといっても過言ではない。

そのような中でさらに心を癒してくれるのが、水牛や牛、ヤギなどの動物たちである。犬はもはや、私の中でもローカルピープル化が進み、食料としてしか見られなくなってしまっているのが難点だが、下の写真のように、日がな川の流れに身を浸し、ぼうっとしているカラバオ(水牛:フィリピンの国獣でもある)を見ると、仕事などうっちゃっておいて一緒に水につかっていたいと思うことも多々ある。もっとも、彼らが川の水よりももっと好む泥風呂については、遠慮しておきたい気持ちに変わりはないのだが。

photos/karabao_001

のどかな北ルソンを代表するような光景。気分的には限りなく惹かれながらも、
よくよく考えるとやはり同じ風呂につかりたくない相手ではある。
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2004/09/07

雨季の苦労

ルソン島北部コルディリエラ(Cordillera)山地は、年間通じて冷涼な気候でき
わめて過ごしやすい。唯一難点があるとすれば、雨季である。4月頃から始まり、
11月頃まで続くこの雨季。もちろん、ノアの箱舟の話のごとくその間ずっと雨
が降り続くというわけではない。午前中はむしろ乾季と同じ晴天が見られ、午後
に雨になるというパターンが多い。

怖いのは台風である。「バギオ(Baguio)」という名前がタガログ語で「台風」
を意味するように、ルソン東北部を通過する台風はなぜか先に進まない。ひどい
時には1週間も激しい風雨が続くのである。停電など当然のこと。台風による停
電となれば、その晩は急きょ、大バーベキューパーティーとなる。生ものは早急
に処理してしまわなければならないのである。

多くの人々にとってさらに怖いのは水害である。私のアパートのあるAPTSと
いう学校のキャンパスは、高台にあることから、さほど水の害は気にならない。
しかし、山の稜線に沿って張りつくように家の立っているバギオ市やコルディリ
エラ山地の村々には、標高が低くなればなるほど、高台からの水が集まり、一気
に襲いかかるのである。まさに、このブログのマイフォトにあるダムの放流のご
としである。概して下水道などという概念のないこの国では、特に低地では洪水
が日常茶飯事である。先日の台風では、パンガシナン州(Pangasinan)の80%
が「水没」したと聞き、愕然とした。マニラに近いブラカン州(Blacan)でも多
くの人命と養殖の「魚命」が失われたと知って気分がふさいでいる。

また、北ルソンの道路は、バギオ市からマウンテン・プロビンス州の州都ボントッ
ク(Bontoc, Mountain Province)に向かう国道からして舗装されていない場所
が多い。これらの道路は、概して粉末状の細かい粒子からなっているくせに水は
けが悪く、乾季は激しい砂ぼこりに、雨季は少しのにわか雨で一面ぬかるみとな
る。地元の路線バスやジプニーで移動することが日常の私にとっては、すぐに閉
鎖されてしまい足止めを食らってしまう「幹線道路」は、文字通り、仕事上の大
きな足かせだ。もっとも、それを地元の人々と同じ立場で味わうことができるの
は大きな特権なのだけども。

photos/jeepneypulling_001
ぬかるんだ坂道で立ち往生したジプニーを力を合わせて引っ張る乗客。運転手からの運賃のディスカウントは無い。
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2004/09/03

バギオ生活を変えたSMバギオ

昨年11月、フィリピンの大手デパートチェーンであるシューマート(SM)による大ショッピングモールが、バギオの目抜き通りであるセッション・ロード(Session Road)近くにオープンした。400m×100mはあるだろうか、夜はさながらバギオ城と呼べるほどにライトアップされるこの新モールは、確実にバギオの人々の生活を変えつつある。

セッション・ロードは坂道になっているが、その最高部のサークルからさらに上に抜ける道、すなわち以前はビクトリー・ライナー(Victory Liners)など、一部の路線バスの抜け道に過ぎなかった道を最大限に利用する形でドライブインが作られており、トランコビル(Trancoville)循環のジプニーに乗れば、トランコビルからバギオ大聖堂を抜けてくるルートのものは正面に止まることになる。

このセッション・ロードからの道がそのまま坂道になっていることから、建物は下1階、上1階、2階、3階の変則的な4階建てとなっている。中央部は吹き抜けで、東西の両側をデッキとして広く取っていることから、かなりゆったりとした空間が演出されている。もっとも、バギオという町の名前が「台風」という意味であることを忘れていたのか、台風が襲うたびにこの開放的な構造が災いし、デッキ付近の店舗は常に水害対策に悩まされているようではある。

テナントは、下1階のSMスーパー、下1階から3階へと南サイドの一角を大きく占めるSMデパートを軸に飲食店から雑貨店、映画館まで幅広く揃っている。3階のゲームコーナーにはナムコやコナミといった日本直輸入のゲーム機が、翻訳さえされることなく所狭しと並び、ジャパン・ブランドを誇っている。ガラス張りのカラオケルームが密かに気恥ずかしい空間を醸し出しているが、カラオケがややもすると売春と結びついてしまうご当地フィリピンでは、大衆の目にさらされながらカラオケに興じることそのものが健全さの証明であることだけは確かだ。

この新モールがバギオ在住日本人の生活に大きな変化をもたらしたことは明らかだが、中でも下1階のSMスーパーの登場は、実に意義深いものであった。以前は、キューピーマヨネーズやシマヤだしの素など、いわゆる和風なグッズはバスで8時間のマニラまで行かなければ手に入らなかったのだが、それがいまや、ウスターソースからめんつゆ、インスタントラーメンからみりんまで、値段さえ気にしなければおおよそのベーシックアイテムが揃ってしまうまでになったのだ。後は納豆さえあれば、というところではあるが、SMには日本びいきのバイヤーがいるに違いないとはいえ、そこまで期待するのは既にかいかぶりの域に入ってしまっているのかもしれない。

これまで、韓国雑貨店のあまりの充実ぶりに、マイノリティーの日本人は指をくわえジェラシーの目を向けつつ、その若干テイストの違うおこぼれにあずかることしかできなかったのだが、これで日本人としての生活もなんとかそれなりのものになりつつあると無邪気に喜んでしまうのは、30代から海外生活を始めた者の融通のなさの吐露にほかならない。自称宣教師の卵も、このあたりがもう少し割り切れなければいつまでもひよこにはなれないのかもしれない。

photos/sm_001
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2004/09/02

イロカノ族の結婚式

ある村で結婚式に招かれた。フィリピンの山村の結婚式には招待状など存在しない。結婚式の知らせは口コミで広がり、村人は自動的に全員が招待されている。招待客を拒むことも、参列しないことも文化的には非礼なことにあたるのだ。前夜からリハーサルと、明日がその日だという確認の意味を兼ねてだろうか、屋外に設置された簡易カラオケセットからは、夜中の2時近くまで大音響の音楽とプロレスの会場アナウンス顔負けの歪んだ叫び声がなり響く。「近所迷惑」という概念はここには存在しない。

結婚式は、イロカノ族の場合、通常、最寄のカトリック教会で行われる。村人が式に参列することはあまりなく、メインはあくまでも披露宴にある。この披露宴、いつ始まるともなく、人々はだらだらと集まってきて、会場である新郎ないし新婦の実家(時には親類の家)の庭先でなんとなく食事を始める。もちろん、食べるだけ食べて帰ってもかまわない。お祝いを持ってくることもとり立てて期待されてはいない。

この日の結婚式はなんと、新郎が15歳で新婦が14歳(いいのか、それで?)。この山間部の農村では、小学校卒業後はハイスクール(日本の中1から高1)には進まず、家業の農業を手伝う子供たちが多い。勉強が嫌いという場合もあり、家が貧しくて学費が出せないという場合もある。フィリピンの法律ではこの年齢ではまだ法的な結婚はできないことになっているが、この村のような田舎では、まだまだこういう事実婚が多い。この日の結婚式では、親が親類中から借金をして70,000ペソ(約14万円)を工面したのだという。70,000ペソといえばよくある月収の10か月分にあたるだろうか。あるいは山間部の農村ではそれほども無いかもしれない。この村にしては豪勢な結婚式に、一族の面子は大いに保たれたことだろう。

イロカノ族の結婚式では、披露宴に訪れた客が新婚のカップルに曲を指定して踊らせ、その代わりにお金を箱に入れる。直接の贈り物に加えてこれも祝い金になるのだが、前日のリハーサルからほとんど寝ていない若い二人はふらふらになって踊り続ける。スペインの影響を強く受けているイロカノ文化では、ポルカというのだろうか、ワルツ調の社交ダンスが伝統的な踊りとされている。

食事は紙皿に伝統的なアドボ(日本の肉じゃが風)、パンシット(中国から取り入れられたと思われるビーフン)などを取って自由にいただくが、後から後から人が来て待っているので、テーブルが用意されている場合ものんびりと食べてはいられない。スポンサーと言われる特別な招待客(彼らの出資は神父や牧師などの司式者への謝礼となる)には特別な座席が用意され、イロカノ族の間ではかなり高級な食事が振舞われる。

みなさんもぜひ、フィリピンにいらしてください。どこかの結婚式に飛び入りで参列し、ローカルな雰囲気を存分に味わいましょう。

photos/ilocano_wedding_002
家の庭先での披露宴。テントや風船は定番の飾りつけだ。
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photos/ilocano_wedding_001
披露宴会場の内部。奥に座っている二人が15歳と14歳の新婚夫婦。訪問客に対する愛想など、無い。
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photos/ilocano_baboi_001
特別招待客用の豚の「おかしら」。赤いケチャップが実に生々しい。脳みそ部分と口にくわえたリンゴに何か意味はあるのだろうか。実に理解しにくい趣味だ。
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