カテゴリー「04 旅行案内」の11件の記事

2013/04/08

マニラ・オーシャン・パーク

「これこそリゾートだ!」というビーチや自然の美しい島嶼部に比べ、見どころがあるような無いような、なのがフィリピンの都市部の観光名所。自分で出かけるとなると、B級、下手をすればC級のカスタマーサービスに疲れ、はて、日本からのお客さんを連れて行くとなるとなおさら選択に困るものだが、このたび、日本からの親子連れをマニラでおもてなしすることとなり、思い切ってオーシャン・パークに行ってみた。2008年の開業ということで、友人たちからの噂も聞いてはいたが、なんとなくおっくうなまま、時間だけが過ぎていたのだ。

営業日や場所などの詳細はウェブサイト英文ウィキで確認していただくとして、車で行く場合、平日に限ってはゆったり止められそうな屋外の駐車場がある。正面入口のすぐ右手の駐車場は隣接するホテルH2Oの駐車場なので宿泊客以外は駐められない。日帰り客用の駐車場は、正面入口から少し離れた左手にある。すなわち、敷地内に入ってくると、まずは正面入口で家族などを降ろし、さらに奥の方に進んで止める形になる。

入場料金は、観ることのできるアトラクションの数に応じて3段階に設定されており、私たちは、半信半疑、リスクを避けて一番安い550ペソのオプションを選んだ。チケットには、メインの水族館に加え、クラゲ展示、アシカショー、それに「海洋生物生態」という訳のわからないものがあり、最後に噴水ショーと、5つの半券が付いている。噴水ショーは夜の6:30からとあり、はなから冷やかし目的、午前中半日程度の予定で来ている私たちは、ノーチョイスで断念する。日本人としては、公正取引法違反の抱き合わせ販売ではないのかと、ネガティブな思いにさいなまれる。

気を取り直して、まずは水族館だろう、とメインの建物の奥に進むと、チケット係のおねいさんが、本館が開くのが少し遅いのか、時間を有効に使わせるためなのか、先にクラゲとアシカを観てこいと、半ば追い返されるように誘導される。お客ではなく施設本位の接客が展開されるフィリピンでは、典型的な光景だ。ただ、幻想的な照明に彩られたクラゲも、かわいく賢く躾けられたアシカも、なかなかに見応えがあり、不覚にも、「なかなかいんじゃね」感が徐々に高まっていく。

本館は、日本の海遊館に通い詰めた者にとってはお慰み程度の規模だが、そこはマニラ首都圏、そこそこ楽しめる。クライマックスはアクリルチューブのトンネルだ。ウェブサイトの写真で勘違いする限り、何が沈んでいるかわからない魑魅魍魎の世界であるマニラ湾の海底が観られるのでは、と期待していたのだが、何のことはない、あくまでも水族館の水槽をくぐるクリーンなトンネル。ほっとしたような、肩すかしを食わされたような感覚だ。

なお、この同じ大水槽は、1人150ペソの別料金で、ガラスボートに乗って水面からも観られるようになっている。トンネルを歩く他の客たちを見下ろしながら、海底人世界をも観光しているかの錯覚に陥ることができる、シュールなアトラクションだ。ちなみに、このオーシャン・パークにはプール施設もあるのだが、よりによってアシカショーの会場の一角にあり、ここでも観覧席から人間ショーを観ているかのような錯覚が味わえる。経営母体はシンガポールの企業だというが、このシュールさが、フィリピン流なのか中華流なのかは謎が残る。

そつのない本館の横にはさらに、「南極を歩く」などの、旅情をそそるアトラクションがある。客がペンギンにエサをやっているらしい写真などがそぞろ心を駆り立てるが、これは一番高い入場料を払わなければ入れない。かくして安物買いの銭失い、「このグレードのものなら最初から950ペソのコースにしとくんだった……」など、心は既に「クラゲやアシカをもう一回観てでも、また来なければ」状態にさせられている。BC級の観光文化を逆手に取った、ずるくも賢い営業戦略だ。

本館内には、別にここになくてもいいだろう的な出店も多い。水族館なのになぜ、中華街で売っているような安物手品セットから、ドイツ製の高価なホームステレオセットや調理器具セットまでが販売されているのかは、最後まで理解できなかった。本館そのものへの入場は無料なので、買い物だけに来ることも可能は可能だが、後日、よし、オーシャンパークに買い物に行こう、と思いつくためには、施設全体の地図が頭に入っているほど通い詰めている必要があるだろう。

また、鏡の世界や3D(近未来イメージなので正式名称は4D)のアトラクションなども、それぞれ1人あたり追加150ペソで楽しめる。「パンケーキハウス」などの、そこそこ信頼して利用できるレストラン等もあり、遅めの昼食を楽しむこともできた。

4番目の「アトラクション」、「海洋生物生態」(?)は、全くの肩すかしだった。入ると、水面下の様子も観ることができる水槽の中を、1頭のアシカが泳いでいるだけ。時々、こそこそと舞台裏に行ってはエサの魚を食っているようだ。なるほど、アシカの美しい流線型の身体と優雅な泳ぎは味わうことができたが、ただそれだけのために半券1枚が消えていく。明らかに私たちだけでなく、事情に詳しいはずの多くのフィリピン人を含む大半の人々が、どんな催しがいつ始まるのかと待ちかまえており、やがて裏切られたかの苦笑を浮かべながら出て行く。

結論として、このオーシャン・パーク、「Bの上」級といったところか。B級だと思って来てみると、それなりに楽しめて、「来てよかった」感や「もっぺんこよっか」感が残る。2回、3回と足を運んでこその醍醐味もあることだろう。何も期待せずにとにかく行ってみて、そこにあるものを新鮮に、時にはしらじらしいまでのリアクションで味わう ― お値段が高めなことを除いては、実は最も典型的なフィリピン観光施設だといえるのかもしれない。

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550ペソコースのチケット。夜までいる予定で行かないと、右端の噴水ショーは最初から捨てることになる。また、気をつけないと、かばんに入れたり出したりしているうちに、後回しにされた本館のチケット(左端)がちぎれかけ、首の皮一枚で風になびいている始末だ。

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原色系の照明に浮かび上がったクラゲは、思いの外、幻想的で楽しめた。

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老体にむち打って芸を疲労してくれたオスのアシカ、ビンセント。懐疑的ながらも人の良い私たち日本人家族は、新聞の訃報欄にこの子のことが載ったら泣いちゃうかもと思うほどに入れ込んでしまった。

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南国の水族館らしく、物珍しい生物は多い。が、この魚、知人の日本人牧師にどことなく似ている。

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知らず知らずに主体的に楽しむようになり、いろいろ、マネをしてみる。

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ついつい、マネをしてみたくなる。これでギャラがもらえるキミは良い身分だ。

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目玉のアクリル・トンネル。水面のボートから海底人扱いされているとはつゆ知らず。

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それでも、一番エキサイトしたのはこれ。3Dの映像に合わせて機械が動き、登ったり、落ちたり、火の中に飛び込んだりと、疑似ローラーコースター体験が楽しめる。4-5人までのグループでの利用で、地底ものやオカルトもの、近未来ものをはじめ、数々の映像のラインナップが用意されている。人によっては、2-3回は乗ってみたくなるかもしれない。

外ではモニターで、中の客の恐がり具合が楽しめる。これもまたシュールといえばシュールだ。

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2010/09/06

ユダは払わね?

昨日、ナギリアンロードを走る機会があり、ようやく先日のバス事故の現場がわかった。バギオ市からならサブラン町に入って間もない厳しい右カーブで、そこだけ深く切り込んだ谷になっている。他の右カーブは道路下に少し家や畑があり、それはそれで危険だが、万一ダイブしても何らかのクッションにはなり、42名もの犠牲者を出すことはなかったはずだ。あらためて山道の怖さを思った。

また、時が経つにつれて、犠牲者の中に知人の家族や近しい人々があったことが伝わってきた。2週間が経ってもバス会社から遺族には訪問も一時金も無いという。保険会社から支払われたのは、犠牲者には65,000ペソ、負傷者には12,500ペソという。これがフィリピンでの命の値段というわけだ。フィリピン国内での移動にはこのようなリスクがつきまとうことも、知っておく必要がある。

 

さて、在比の皆様には既におなじみの、下の写真のような文言。そのままの"God knows Judas not Pay."では、英語としては非文法的(神はご存じだ、ユダ、払わね)だが、これは"J"を"H"で読むというスペイン流がわかれば"God knows who does not pay."(神は誰が払わないかご存じだ)のもじりであることがわかる。"Judas"(ジューダス)を「フーダス」と読むわけだ。知識だけは英語にうるさい日本人なら"Does"は「ダズ」と濁って読みたいところだが、綴りにできるだけ忠実に読もうとするフィリピン英語では、"does"はあくまで「ダス」なのだ(さすがに「ドエス」とは読まない)。

ジューダス(和名:ユダ)というのはイエス・キリストの十二弟子の一人。銀貨30枚でイエスを裏切り、その結果、イエスは逮捕され、十字架につけられるところとなった。その悪者キャラ感が、「金、払わね」というネガティブな要素と結びついたのだろう。これは、ユダがおそらくは弟子集団の金庫番をしていた(ヨハネの福音書13章29節)ということとも関係はあるかもしれない。

実際は、ユダはイエスを裏切ったことを後悔して、もらった銀貨30枚を大祭司に叩きつけて返却、首を吊って自殺したが(マタイ27:5)、大祭司たちはその金で土地を買って外国人の墓にしたという(マタイ27:6-8)。当時のユダヤでは外国人は差別されていたので、血に汚れた金はその程度の用途でちょうどよかったというわけだ。なお、新約聖書の別の記述によれば、その土地を買ったのはユダ本人で、首を吊ったのもその土地でだという(使徒の働き1:18)。

いずれにせよ、神はご存じだ。ジプニーのお金はちゃんと払うようにしよう。お釣りがきっちり帰ってくるのも、観光客には物珍しい、楽しい旅の風景だ。

 

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2010/08/23

バス、3題

いつもながら仕事が忙しく、しばらく更新が滞っていた。最近、バス関係でバギオ、マニラともに騒動になっている。

 

1)ナギリアン・ロードでのバス事故

先週、水曜日の朝、バギオからラ・ウニオン州サン・フェルナンド市(San Fernando, La Union)に下る一番の近道、ナギリアン・ロード(Naguilian Rd.)で、バスがカーブを曲がりきれずに道を外れて10m下に転落、乗客42人が死亡した。犠牲者の中には友人の家族や友人も含まれていたが、この友人の友人というのが比系アメリカ人の宣教師夫妻で、この日の朝、友人のもとに電話があり、自分たちに何かあった時には子どもたちのことをよろしくということだったという。何か予感するものがあったのだろうか。

私も、これまで、南イロコス州の西海岸沿いの町で仕事の際には必ず、この道を通るバスに乗ってきた。とても他人事とは思えない事故だ。今朝、事故現場でご遺族の慰めと同様の事故の再発防止を祈りたいと思い、車で現場となったサブラン町を一通り往復してみたが、日本のように事故現場で花を手向けたりする習慣は無いのだろう、現場は特定できなかった。ご遺族の慰めをお祈り申し上げます。なお、運転手は足の骨を折る重傷、車掌は飛び降りて無事という。マニラ新聞によれば、当局が遺族の報復を恐れ、運転手は厳重な警護下にあるという。これもフィリピンの一つの現実を物語っている。

 

2)マニラ首都圏でのバスジャック事件

今夜、NHKのニュース9(ちなみに、こちらでは時差の関係で8時から)を見ていると、マニラのリサール公園(Rizal Park)(マニラ市:Manila)で、免職された元警官が観光バスを乗っ取って立てこもっているというニュースがあり、あわててCNNにチャンネルを変えた。事件が起こったのは朝10時頃、香港からの観光客約20人を含む約25人を人質に取った犯人は、解雇処分の取り消しの再検討を上申していたが、それが拒絶されたとして今回の暴挙に及んだのだという。日本時間の夜10時過ぎに犯人が射殺され、事件は収束を見たが、現時点で無傷で助かった人質は9名、後の人々の安否は確認されていないという。

命を守る専門的教育と訓練を受け、実践を知り尽くしているはずの警官が今回のような暴挙に出るのは、あのマニラの警官ならと深く納得してしまえるのが情けないとはいえ、激しい憤りを覚える。出稼ぎと観光(含、長期滞在者のビザ更新料)でしか生きていけない国ならばそれなりの節度というものがあってしかるべきなのに、自らの首を絞める愚かな自殺行為だ。犠牲者たちは今晩の便で帰国の予定だったという。こちらも、ご遺族の無念さは測り知れない。

 

3)ビクトリーライナー・デラックス便、記録達成

かくいう私も、この週末は仕事で、今朝、早朝、マニラから帰ってきたばかりだ。今回もクバオから夜11時15分のデラックス便で帰ってきたが、いつもならバギオのターミナルに朝4時に着くところが、今回は3時45分に着いた。正味4時間半という新記録だ。

今回はまた、アイマスクのおかげで熟睡することができた。普段ならトゥバの急坂を登るくらいでスタンバイを始め、飴をなめたり、喝入れのドリンクを飲んだりして下車に備えるのだが、今回は、ターミナルの直前、客室乗務員のおねいさんの、例のカラオケエコーつきのアナウンスでたたき起こされ、朦朧としたまま降りることになった。早朝15分早く着いたからといって何もありがたいことは無いのだが、バギオ-マニラ間の所要時間が短くなるというのが良いことに変わりはない。

 

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2009/11/10

大戦の激戦地ブッサン峠とセルバンテス

台風17号被災地の支援活動は継続している。今日も、私たちの学校から、12月上旬に、ベンゲット州イトゴン郡の一大被災地ルアカン町(バギオ空港のあるバギオ市ルアカン町とは別の地域)で無料医療プログラムを提供するため、窓口となる現地教会の牧師夫婦と打ち合わせをした。

被災した家族数にして実に58家族という。被災家屋30数軒にして80名以上の犠牲者を出したプギス町と異なるのは、イトゴン郡ルアカン町の場合、台風16号か、それ以前のものか、17号以前の台風で既に大規模な地滑りの危険性が指摘されたため、ほとんどの家庭が、地域の避難所なり、近隣の親戚宅なりに避難していたからだという。

つまり、プギス以上に規模の大きな地滑りが起こった時点で村人たちは既にそこにおらず、建物だけが被害に遭う形になったということだ。今頃になって、環境自然資源庁(Department of Environment and Natural Resources)からの退去勧告が2005年の時点で出ていたことがしたり顔で指摘されているプギス町リトル・キブガン村とは、不幸中の幸いと言っていいものか、対照的な結果となったわけだ。

イトゴン郡ルアカン町については、来週火曜日に下見に行くことになったので、あらためてご紹介するとして、今日は、先日の400kmの旅で通ったセルバンテス(イロコスール州セルバンテス郡)と、その西側の山々にあるブッサン峠の様子をご紹介したい。

 

ブッサン峠(Bessang Pass)は、先の大戦の最後の激戦地の一つとされる。セルバンテスからスヨ(イロコスール州スヨ郡)、タグディン(イロコスール州タグディン郡)に抜ける国道4号線(通称:ブッサン・ロード)は、セルバンテス-スヨ間で厳しい山々を越える。この峠がブッサン峠だ。

私がキリスト教の宣教師として支援している教会の一つが、このブッサン峠の属する山系の、セルバンテス側の深い山村にある。セルバンテスの中心街の人々も眉をひそめるほど、厳しい上りの続く山村だ。車では行けない。

以前は舗装されていなかったブッサン・ロードは、それはそれはひどい道だった。ミニバスと呼ばれる、およそ「家畜運搬車」としか呼べない代物に非人道的に詰め込まれ、切り立った崖を夜の深い暗闇に感じながらガタンガタンと登り、体中を周囲にゴツンゴツンと叩きつけられながら下る道行きだった。リュックサックを体の前で抱いたまま、眠るに眠れない道をただ耐えたものだ。

まだ、ハルセマ・ハイウェイすら舗装されていない頃のことだ。土曜日の朝4時にバギオの家を出る。足が無いのでふもとの幹線道路まで小一時間、歩いて下る。なんとか5時半のバスに乗ると午後1時にセルバンテスに着く。村まで登ると既に夕方6時だ。大きなウシガエルの丸ゆではいかめしい顔つきに威嚇されながら、同じく清流のウナギなど、いつも土地の名産(?)でもてなしてくれる。

そして、翌日、日曜日の朝に村の小さな教会で礼拝を導き、昼食後、また5時間ほどかけてセルバンテスに下りてくる。夕方6時のミニバスに乗れば、サンフェルナンド(サンフェルナンド市(ラ・ウニオン郡))には夜中の1時に着くという案配だ。運良くバギオ行きの最終バスに乗れればしめたもの、道端のベンチにゴキブリやヤモリを避けて寝そべり、朝4時まで時間をつぶせば、バギオ行きの始発のミニバスに乗れるという強行軍だった。週日は学生をしながら教師もし、という日々だったが、40代になった今は昔、もはや望めぬ無鉄砲さだ。

 

そういうわけで、いつもは街灯もない暗闇をゴトゴトと走り抜けるだけだったブッサン峠を、今回、- 実に2回目のことだ - 明るい時間帯に通ることになった。しかも、時は流れ、道は完全に舗装されている。ちょっとした六甲山ハイウェイのようだ。しかも、友人の運転する車。かねてからゆっくり見てみたいと思っていた大戦の記念碑(国立公園になっている)で、少し止まってもらった。

碑文を読むのも初めてだ。1945年6月14日に終結した決戦では3,500名の人々が犠牲になったとある。ネットで調べてみる限り、アメリカ兵の犠牲者は600名というので日本兵も含めた数とも読めるのだが、「自由と平和を求めて戦った」という文言に日本兵が含まれるのだろうか。フィリピンのこんな山奥の碑文にそれほどの高尚な思想が謳われているのかはわからない。

いずれにせよ、この戦いで負けたことで山下奉文(ともゆき)大将の降伏が早まったとされているが(大将本人はイフガオ州キヤガン郡で拘束された)、何のことはない、大将がバギオで正式に降伏したのは9月3日、既に大日本帝国としては無条件降伏をした8月15日以降のことだ。

ブッサン峠は、マニラから訪ねるにはあまりに遠く、また、他にこれといって見るものも無い、寂しい場所だ。こちらのブログの写真で満足できるなら、あえてお勧めする場所ではない。ただ、ブッサン山系の切り立った山肌に兵士たちの苦難と今日の平和を思うのも素晴らしいことだと思う。四方を山々に囲まれ、広い河岸段丘が美しいセルバンテス町の風を味わうのも一興。そんなセルバンテスは、私の愛するフィリピンの一つだ。

 

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記念公園の様子。地元の住民によるのだろう、
手入れはきれいにされている。

 

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碑文。

 

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セルバンテス郡とスヨ郡の郡境。傾いているのはご愛敬か。

 

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切り立つブッサン山系の尾根。

 

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戦争中はもっと木が生えていたのかどうか。
今も元日本兵が息を潜めているような気になる。

 

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盆地の町セルバンテス町を囲む山々。
北方面、イロコスール州キリノ郡を望む。

 

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これを撮った2月の午後には雲の間に虹が出ていた。

 

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こちらが西方面、ブッサン山系。

 

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こちらは東方面、マウンテン・プロビンス州タッジャン郡を望む。
東南に登っていくとベンゲット州マンカヤン郡、
ブギアス郡(アバタン町) へと続く。

 

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2009/10/29

また一つ、残念な知らせ

親しい知人、反町眞理子さん主宰のNGO「コルディリエラ・グリーン・ネットワーク(CGN)」のブログ記事に、また一つ、残念な知らせが掲載されていた。

フィリピン在住で何がつらいかと言えば、日本食よりも風呂がないことだ。風呂なら作ればいいと言われても、借家の身にはそれもままならない。SMバギオができて日本食が少々入手可能になったとて、地下にスーパー銭湯ができるわけではない。

そのような中、時折、家族で訪れるのを楽しみにしていたのが、ケノン・ロードのキャンプ1にあるクロンダイク温泉(Klondike)だった。ささやかな施設で、宿泊もできない日帰り専科の温泉だったが、水泳がスポーツの中では唯一、得意な部類に入る私にとっては大きめのプールもあり、心から愛する施設だった。

バギオ市からは少し距離があり、我が家には車が無いので、行く時は友人の車か、家族で地元のミニバスに詰め込まれての旅で、友人の車でなければ、帰りは疲れた体で30分も1時間も、道端で空席のあるバスを待つ旅だったが、それでも楽しい旅だった。

それが、CGNの最新記事を見ると、土砂崩れで、温泉部分とプール部分が完全に流されてしまっている。私たち不義理な客の悲しみに増して、オーナーご夫妻の悲しみたるやいかほどのものだろうか。一個人客の力では何もすることができないが、再建は可能なのだろうか。まずは祈りつつ待ちたい。バギオ在住者の限られた楽しみの一つが、残酷な台風によって失われてしまった。

 

P3150096
ありし日のクロンダイク温泉。青く見えるのはプール。子供向けの
浅い部分と大人向けの深い部分がうまく組み合わされている、
配慮のあるプールだった。温泉は奥の山側にあった。

また、手前のささやかな吊り橋も、北ルソンの山奥を行く私にとっては
どうということはなかったが、訪れる人々には興奮をかき立てる絶好の
装置となっていた。

 

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2009/09/15

ビクトリーライナー最新情報(2009年9月現在)

先の記事でも触れたように、久しぶりにマニラに行く機会があったので、前々からご紹介したいと思っていたビクトリーライナーの現行のスケジュールをご紹介したい。

行きは、バギオ発のデラックス便(23:15だったかな)ではマニラ着が早すぎるので、いつもは02:30くらいの通常便で行のだが、ターミナルで時間をつぶしていると友人と出会ったので、誘われるままに最近できている01:15の(セミ)デラックス(トイレ無し、休憩1回)便に乗ることにした。これは、700ペソのデラックス便より50ペソ安い650ペソだ。

土曜日の夜中だったにもかかわらず、車内はがらがら。私たちを合わせて、乗客は6人ほどしかいなかった。乗務員は運転手さん1名で、例の(いなくてもいいような)「スチュワーデス」と(配らないほうがましな)形だけの水とお菓子も無く、それでもペイできるのかもしれない。

私は、大のほうが、いったん便意を覚える段階に至ってしまうとほとんど我慢できないつらい直行体質なので、用心のためにイモジューム(英語では「イモウディアム」)を飲んでおく。これが強烈に効く。健康体なら2日は人工的な便秘が続くのだ。

今回はアイマスクも用意して行った。日本のバスのように消灯するとか、カーテンを閉めるとか、運転席スペースと客席スペースを仕切るようなカーテンがついているとか、そういう配慮は全く無く、対向車も平気でビームアップして走っているので、少しでも光があると熟睡できない人には必需品だ。私はそれほどデリケートではないが、おかげでいつも以上にゆっくりと休むことができた。

帰りは通常のデラックス便にした。丸一日の仕事を終えて車中2泊目なので、思い切ってぜいたくをすることにしている。ただ、皆さんも13番のシート、すなわち、通路右手の一人席側、トイレのすぐ前の席は避けたほうがいい。ここだけ、トイレがあるために、前のシートとのスペースが狭くなっている。フィリピンでは後ろの人に配慮してシートを倒すなどという配慮も皆無なので、うっかり足を組んでいて膝の皿が割れそうなダメージを受けた。深夜の孤独な涙だ。

「スチュワーデス」も、マビニあたりのおねいさん顔負けのぶりぶりのスタイルにミニスカートという、およそ場違いというか、逆にある種の人々には実に旅情をかき立てられるいでたちだ。ところが、例に漏れず、接客は全くなってない。私のチケットを受け取ったはいいが、隣の席の客が話しかけてきたため、その客と話しながら、ひょいと後ろ手で返してきた。

日本では完全ダメ出しに相当するこのような場面も、この国にいる限りは旅の余興と思ってスルーできる余裕が必要だ。日本では常識とされるような当たり前の「カスタマーサービス」など期待してはならない。店やレストランで心通うような場面があったなら、その日は限りなく幸運な日だったのだ。私など、帰国するたびに、関空から乗るJRの「はるか」の車掌さんの丁寧さに心を癒され、思わず500ペソ札でチップを渡しそうになる。

俗に言われるフィリピン・ホスピタリティを体験したければ、それなりの代価を支払うか、通い詰めて「お友だち」になってしまうことだ。他人には限りなく無愛想、「お友だち」には底抜けのホスピタリティ、それがデフォルトだ。他人とふと心通うような微笑みの交換などの場面に出くわしたなら、それは、相手がかなり「できた」人だったか、特別に訓練された人だったか、何か下心のあった人だったかのいずれかだ。

横道にそれてしまった。写真では現行の時刻表をご紹介しておこう。上の写真はクバオ、パサイ両ターミナルからバギオに向かうデラックス便のスケジュール、下の写真はクバオからバギオとそれ以外の各地への通常便(トイレ無し、トイレ休憩あり)のスケジュールだ。日本からいらっしゃる場合は、空港に近いパサイから乗ることが多いことだろうから、デラックス便のスケジュール以外は役に立たないかもしれないが、いずれにせよ、バギオへはパサイからも30分-1時間に1本は通常便が走っている。

なお、デラックス便はたいていの場合、昼の便なら前日、夜の便なら午前中には満席になってしまうので、日本から着いてそのままというわけにはいかない。それ以前に日本からのフライトはいずれも接続が悪い。ホテルで一泊し、マニラ観光がてら前日までにチケットを入手しておくのが理想だ。バギオまでは5時間はかかる。時間をかける価値はある。ちなみに、エイジアン・スピリットがゼストに買収されて廃止されたバギオまでの国内線が近いうちに再開される、というのがバギオ空港の周辺住民のもっぱらの噂だ。そうなれば、マニラまではまた、45分のフライトで済む。

なお、一番下の写真は、ビクトリーライナー社が最近展開しているグランプリ・ホテルの宣伝だ。"Gran Prix"と、フランス語起源を気取っている様子なのにしては"d"が落ちている(本来は"Grand Prix")のは愛嬌か。ウェブサイトからはいくつかのホテルの予約もできるようになっている。写真がベッドの写真だけで、トイレやソファ、テレビなどの写真が無いところ、いろいろな情報を提供してくれるとうたっているメーリングリストに登録するとその先のページは工事中になっているところなど、細かい詰めがなっていないところは、さすが何事も形から入り、実が伴わないまま形を取り繕い続けるフィリピンならではだ。これだと、ウェブでも予約できますが10%分をクレジットカードから先払いいただきますと言われても、なかなか信頼して利用する気にはなれない。

誰にも何事にも期待しない、うまく行けばもうけもの、これがフィリピンと息長くつき合う秘訣かもしれない。

(#良い人も多いし、良い人は本当に良い人なんだけどね。でも、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯!」とか見てると、フィリピンの良い人級の良い人なんて、日本にもごろごろしてるよね。台湾・台南市版なんて、涙が出ちゃった)

 

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バギオへのデラックス便のスケジュール。"LV"は「出発」の意味。
上の段が"LV"で下の段が"FROM"なのは、表示に一貫性を求めない
フィリピンならではの詰めの無さを示している。

 

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その他の路線も含めた通常便のスケジュール。"AIRCON"はエアコン付き、
"ORDINARY"は、窓をびゅうびゅうに開け放して行く、エアコン無し。

 

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トイレ無しデラックス便の車内。トイレありの車体が
オレンジ色が目立つのに対して、落ち着いた色合いだ。
ただ、クイーンのライブアルバム顔負けの室内灯は、
これまたフィリピンの旅情を誘う?

 

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ビクトリーライナー社のグランプリ・ホテルの宣伝。
"Personalized"(お客様お一人お一人を大切にする)などとあっても
決して鵜呑みにしてはならない。

 

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2008/12/17

一か月ぶりのマニラ

所用で一か月ぶりにマニラに行くことになった。前回の記事でも触れているように、タルラック州からパンパンガ州へと抜けるバイパスが開通したことで、バギオ-マニラ間は大幅に時間短縮され、夜間であれば、ビクトリーライナーの通常便なら5時間、デラックス便ならば4時間ほどになった。

なまじ時間短縮となったことでかえって不便になったのが出発時間と到着時間の調整だ。以前ならば夜中の12時頃の便に乗ればちょうど朝の6時頃に着くという案配で、うまく眠っている間にマニラに着くという形だったのだが、いまや、深夜12時の便に乗ろうものなら早朝5時、下手をすると4時半にでも着きかねず、時間つぶしに苦労する。

幸い、バギオのビクトリーライナー長距離便ターミナルが数年前に移転、屋内の2階スペースが広く、テーブルとベンチの多いスペースになっているので、日本語も使わせてもらえるSMバギオのネットカフェSTATION 168で10時半まで(営業は24時間ということ)、スタバで12時まで時間をつぶし、そこから2時半のバスの時間まではビクトリーのターミナルに移動して、しばしベンチで仮眠をして過ごす。

2時半のバスでも、クバオに着くと8時だ。ターミナル横の大衆食堂で朝食を摂る。フィリピンの料理はどれも、どこで食べても本当においしいのでありがたい。今回はここから30分ほど歩き、目的地までたどり着く。そこでアメリカからの家族を迎え、バギオからやって来るチャーターしたバンでバギオに帰るのだ。

本来は、自然な流れとして、このバンでバギオから来て、バギオに帰るつもりだったのだが、このバンの会社というか、ドライバーとの調整が難航した。携帯メールでやり取りしているのに、英語がまともに通じないのだ。イロカノ語に変えても通じず、タガログ語でなければだめだったようで、そんなやり取りに消耗した私は、ドライバーと二人きりで気を遣いながら旅をするくらいならバスの一人旅のほうがはるかに気楽だと、往路はバスにした次第だ。

プロらしからず道に迷い、1時間遅れでやって来たドライバーは、それでも、前日、調整に難航した人々とは違ったようで、なんとか英語でのコミュニケーションを取ることはできた。しかし、政府のタガログ語政策の結果、確実に英語が通じにくくなっているという状況は、マニラ近郊だけでなく、はるかバギオにまで拡大しつつあるようだ。ますますもって、イロカノ語だけでなくタガログ語も学ばなければ、日常生活にまで不愉快なストレスがもたらされてくる予感がする。

腰を据えて現地語を学ぶのでなければ、フィリピンは確実に住みにくくなってきている。あるいは、英語でコミュニケーションが取れる、少なくともイロカノ語とタガログ語に堪能な現地の秘書的スタッフないしお手伝いさんないし親しい友人がいなければ、バギオの生活は徐々に難しいものとなってくるだろう。フィリピンの英語伝説は静かに崩壊しつつある。

 

006_2
クバオのビクトリー・ターミナルのすぐ近くにある、
その名もニューヨーク・アベニュー。

 

008
今回の目的地のすぐ近くにあったきれいなカトリック教会。
中では土曜日にかかわらずミサが行われており、かわいい子供たちの
歌声が聖堂に響いていた。

 

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教会ネタということで、こちらはヌエバ・ビスカヤ州の
山村のプロテスタント教会。カトリック教会のような建築上の趣は、
正直言って、無い。

 

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中身もこのように殺風景なもの。しかし、この教会に集う
人々にも、命は豊かにあふれている。

 

  

 

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2008/12/03

進歩する北ルソンの道路・交通事情

マニラからバギオまでの旅は、エイジアン・スピリット(Asian Sprit)社の航空路線が同社のゼスト(Zest)社への身売りを機に廃止されたとはいえ、デラックス便を含むビクトリー・ライナー(Victory Liner)社の充実、パンパンガ州(Pampanga)-タルラック州(Tarlac)間のバイパスの整備に伴い、かなり快適になってきている。先日のマニラまでの旅では、夜間であったとはいえ、往路が通常便で5時間、復路がデラックス便で4時間ほどの、かなり時間の短縮された旅となった。

バギオからさらに各地に向かう旅も、道路事情、交通事情ともに、改善が進んでいる。私がよく行くのは、北にスィニプスィップ(Sinipsip)を経てベンゲット州バクン郡(Bakun, Benguet)、アバタン(Abatan)を経てベンゲット州マンカヤン郡(Mankayan, Benguet)、南イロコス州セルバンテス郡(Cervantes, Ilocos Sur)、東にヌエバ・ビスカヤ州カスィブ郡(Kasibu, Nueva Vizcaya)などだが、いずれもキリスト教の宣教師という特殊な職業ゆえの旅であって、一部の戦跡を除いて大した観光地もないこれらの地域に足を踏み入れるのは、さもなくば生物学や地学、文化人類学、言語学の研究者か大戦時の山下財宝ハンターくらいのものであろう。

この記事では、この北ルソンの道路・交通事情について、以下に少し、写真とともに、その今昔(といってもここ10年程度のものだが)をご紹介したい。写真は、サムネイルをクリックすると、1024×768ピクセルのサイズでご覧いただけます。

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バクン郡の北部路線のバス。新古車に近い、かなり質の良いもの。

 

02
シートも良く、灰皿は私には喜ばしいものではないにせよ、網ポケットやドリンク受け、アームレストがあり、しかも、リクライニングシート。下手なビクトリーライナーよりよほど快適だ。

 

03
バクン郡の南部路線のバス。ひどいカーブの続く路線だが、手すりやアームレストなどの自分を固定する設備がほぼ皆無で、快適さはかなり劣る。

 

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車内は所狭しと荷物が置かれている。右側の乗客が足を置いているのは、バギオ方面に出荷されるアラビカ種のコーヒー豆。米でもコーヒー豆でも、平気で足を置き、座り、その上を歩く。それでも、二人掛けというのは良心的で、ヌエバ・ビスカヤ州へ向かうバスでは、この幅で3人座らせられる。

 

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バクン郡の道は、このように一車線分だけながら舗装が進みつつある。コンクリート舗装なので、すぐに傷んで、割れたり、ぼろぼろになってくる。

 

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こちらはヌエバ・ビスカヤ路線の乗合バンの休憩所、ベンゲット州ボコッド郡グルレル(Gurrel, Bokod, Benguet)。トイレやレストランがあり、車が止まると、地元のおばちゃんたちがティノドット(tinodot)と呼ばれる餅米のおやつを売りに集まってくる。これが甘くておいしい。

 

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グルレルからさらにベンゲット州東北部のボコッド郡、ブギアス郡(Buguias)へと続く道(左)と、ヌエバ・ビスカヤ州のカヤパ郡(Kayapa)からアリタオ郡(Aritao)、バンバン郡(Bambang)へと抜ける道(右)。いずれも、きれいに舗装されたのはここ数年のこと。

 

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ベンゲット州とヌエバビスカヤ州の州境にあるモニュメント。フィリピンの夏の首都と呼ばれるバギオの向こうを張って、"Welcome to Kayapa: Summer Captal of Nueva Vizcaya"とあるのはフィリピン流のしゃれだ。

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ベンゲット州バクン郡の北部路線をかつて走っていたのはこのジプニー。一番上の写真のバスと比較してみて欲しい。屋根の上まで荷物を一杯に積んでいる。出発時に、無秩序の中の秩序、荷崩れしないようにきちんと積み上げてロープで縛るのはいいのだが、宅配便の配送センターでもあるまいし、人々が降りる順番までは考慮しきれない。いきおい、誰かが降りるとなると、あれでもない、これでもないと、荷物探しが始まる。男たちには立ち小便の絶好の機会だった。

 

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バクン郡の道はかつてはこのように荒々しいラフロードで、降りて乗客で押さなければならないこともしばしばだった。これが雨期になると、ジプニーが平気で滑り降りてくるような恐ろしい修羅場になる。

 

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こちらは、ベンゲット州マンカヤン郡-イロコスール州セルバンテス郡間の急斜面。押してもダメなら引いてみな、だ。

本来は、レパントダム(Lepanto Dam)というダムの湖があり、そこをかするように走るのがセルバンテス郡への幹線道路だった。このダム湖は、マンカヤン郡レパント町(Lepanto, Mankayan, Benguet)にあるレパント炭坑(Lepanto Mines)から出る排水で、それはそれは表面が銀光りするほどひどく汚染されているのだが、2001年の台風でそちらの道が封鎖されて以来、第2セルバンテス道路と呼ばれていたこちらの道がメインになっている。

この悪名高かりし斜面も数年前に舗装されて、これも今はもはや見られない光景となった。ありがたいのもやまやま、寂しいようなのもやまやま、北ルソンの山々の旅はこれからも続く。

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2008/04/15

バギオまでの道のり (3) ビクトリー・ライナーでバギオ入り

ビクトリーライナーのターミナルに着いて、表で降ろされたら、中に入っていきます。この時、簡単な荷物チェックがあります。 中に入ったら、あるいはタクシーが中まで入ってくれて中で降ろされたら、 ターミナル奥の車庫に向かって左手にバギオ行きのチケットカウンターがありますので、「イサン・ワンノクラック・ポ・サ・バギオ」とか、 「ワンタルティー(1:30)」とか「トゥーアクラック(2:00)」など、おねいさん(最近は時々おにいさんもあり) に適当な時間を言ってチケットを買います。

昼間は、毎時と30分に出ています。時間がぎりぎりの場合は、チケット無しで飛び乗ってしまって中でお金を払ってもかまいません。 バギオ行きはターミナル奥に向かって右手から出発です。そのすぐ前にトイレもあります。2ペソです。なお、パサイからも(ケソン市のクバオ・ ターミナルからも)一日何便か、「デラックス」という、バギオまでノンストップでトイレつきのゆったり座席のバスが出ています。 こちらは600ペソで、チケットカウンターの前から出ます。デラックス便の場合は、トイレはついていますが休憩がありませんので、 時間帯によっては食事やおやつを買って持ち込んでおかなければ、飢えに悩まされることになります。デラックス便については、 当ブログの過去エントリー(こちら) もご参照ください。

パサイからバギオまでは、昼間は通常便で7時間ほど、デラックス便で5時間半ほどかかります。通常便の場合、まず、 2時間ほどのパンパンガ州ダウ(Dau, Pampanga)というところで休憩があります。 この場所は時々スキップされることがありますので、トイレの近い人は注意が必要です。ずっと高速道路を走っていて、右手の側道に入り、 高架を渡って高速を横切ることがあれば休憩です。バスはしばらくまっすぐ進んで左手のバスターミナルのようなところに入り、 右手の一番奥に止まります。トイレは降りて左手の一番奥、ここだけ5ペソという高額を取ります。ただ、その分、確かに、 トイレのきれいさは見違えるばかりになりました。

ちなみに、売店のミネラルウォーターは25ペソほど、アイスティーは 35-40ペソほど、 豚肉のバーベキューは1本25ペソほどです。いろいろとつまみながらの旅は通常便の魅力です。ただ、 休憩は10分ほどですのでゆっくりしている余裕はありません。荷物は、貴重品以外は置いておいて大丈夫です。 ノートパソコンの入ったかばんは、念のため、持って出たほうがいいでしょう。時々、新しく乗ってくる人がいますので、 座席にタオルなど置いておくのが旅のテクニックです。また、ビクトリーのバスがいくつか並ぶことがありますので、バスの番号と 「Baguio」行きの表示を必ず確認して乗り降りしてください。

次の休憩場所、ターラック州ターラック(Tarlac, Tarlac)は約1時間後です。ここを飛ばすことはまずありません。 ガソリンスタンドのある広いターミナルのようなところで休憩です。バスの止め方によって正面ないし左手になりますが建物があり、 その中にトイレがあります。建物に入ると正面にいくつかファーストフード的な店があり、男性のトイレは左手、女性のトイレは右手にあります。 2ペソです。建物右奥にコンビニがあります。ここの休憩は15分ほどですが、昼時の場合はここで食事休憩になり、少し長い休憩 (20分ほど)になります。バスにお兄さんがハンバーガーを売りに来ますので、初めてで不安な場合はこれを利用しましょう。ハンバーガー、 チーズバーガー、ベーコンチーズバーガーの3種類で、炭酸飲料の飲み物と一緒でも100ペソ以下です。 ちなみに、 この休憩場所に止まらなければ、別の道端のドライブインのようなところに止まります。トイレは建物の左手一番奥、2ペソです。 ここでもいろいろと食べられるようになっていますし、コンビニもあります。

最後の休憩場所パンガシナン州シソン(Sison, Pangasinan)は、2番目の休憩から約1時間半のところです。 もう周りはすっかり田舎の風景です。トイレは、正面の一番奥、左手です。2ペソです。 ここでもいろいろ売っていますので食べてみてもいいでしょう。カウンターに座って「チキン・マミ」と言えば、地味な鶏肉入りラーメン (35ペソ)、「アロス・カルド」と言えば、これまた地味なおかゆ(40ペソ)が出てきます。 手前で売っているソーセージとバーベキューは28ペソ、左手にコンビニもあって飲み物やアイスクリームも買えます。15分間の休憩です。

この休憩が終わると、バスは急にカーブの急な田舎道に入っていき、やがてぐんぐんと山道を登り始めます。 1時間半ほど登ったところでバギオです。パサイ13:30くらいの出発なら、 ちょうど右に左に南シナ海の美しい夕焼けが見える時間帯かもしれませんし、それ以後でも、進行方向左手にバギオの町はずれの地域が、 夜の闇になんとも幻想的に浮かんで見えることでしょう。

バスは、通常便はターミナルの外に止まります。降りて、トランクに預けた荷物をもらい、進行方向に少し歩いていくと、 真正面にビクトリーライナーのバギオ・ターミナルの建物があり、左手にタクシーが並んでいます。バスの降り口には、 宿屋を紹介するおやじたちが群がってきますので、特に宿を決めていなければ、ここで交渉してみてもいいでしょう。

昼間の到着で、荷物が少なければ、そこに止まっている「Plaza-PNR」と書いたジプニーに乗っても大丈夫です。 7.5ペソでバギオ市の中心街まで行きます。降りて進行方向にまっすぐ進み、突き当たりを左にちょっと坂道を下るとバーンハムパーク、 右にちょっと坂道を上るとセッション通りに出ます。

それでは、お気をつけていらしてください。皆さんとバギオの街角ですれ違う日々を楽しみにしています。また、 コメントなどでご質問を寄せていただけましたら、FAQというわけではないですが、 さらに細かいご説明をアップロードすることもできると思います。皆さんがこの北ルソンという愛すべき地域を堪能していただけるならば、 これほどの喜びはありません。

 

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バギオまでの道のり (2) 国内線でバギオまで

1: 国内線でバギオへ

国内線の空港までは、国際線のターミナルからはタクシーで100ペソくらいでしょうか。チェックインして、 時間が来るまでは建物内の待合室で待ちますが、時間が来ると、外の暑い中を歩き、Asian Spiritの飛行機に、 昔の羽田のようにタラップで乗り込むことになります。チェックインできる荷物が10kgまでくらいだったと思うのですが、 それ以上の場合は乗せてくれないのか、それとも追加料金になるのかは、日本にいるうちに旅行会社などで確認しておいてください。

座席は指定されていなかったと思います。年季ものの機体で驚かされるかもしれません。出発直前までクーラーが入らないので、 座席に置いてくれているAsian Spiritのうちわでパタパタとあおいで待つことになります。フライトそのものは45分で、一度、 ジュースのサービスがあります。トイレは一番後ろです。

無事にバギオに着くと、空港の建物というか「小屋」を出たところにタクシーがいます。バギオ市内までは100ペソほどでしょうか。 荷物が少なければ、その辺の「Baguio」とか「Plaza」と書いてあるジプニーに乗れば、バーンハムパークの近くまで、 10ペソほどで行ってくれます。お金を隣の人に渡して、それが運転手まで渡っていった段階で「マイサ、バギオ」と言えば、 おつりが返ってきます。

国内線の難は、マニラが快晴でもバギオが曇りなら、バギオ上空で旋回してマニラまで帰ってきてしまうという点です。もしも、 マニラに帰ってきてしまった場合は大変です。それを目当てにしたタクシーの運転手なり客引きが寄ってきますが、 タクシーですとバギオまで6,000ペソから取られます。なんとか外に出ると、 国内線のターミナルにはクーポンタクシーのカウンターは無かったはずなので、ぞろぞろと並んでいるタクシーに、「マッカーノ、サ・ ビクトリー・パサイ?」と聞いてせいぜい250ペソくらいのものを選び、ビクトリーライナーのパサイターミナルまで運んでもらいましょう。

 

2: サンフェルナンド(ラ・ウニオン州)経由でバギオへ

ただし、マニラまで引き返すほどの天候ではない場合、 あるいは最初からバギオの天候が悪くて飛べないということがわかっている場合には、バギオから西へ30kmほど、 西海岸沿いのサンフェルナンド市に飛んでくれることがあります。ルソン島には主要なサンフェルナンドが2つあります。 一つはパンパンガ州にあるサンフェルナンド市、もう一つがこちら、ラ・ウニオン州にあるサンフェルナンド市です。ラ・ ウニオン州のサンフェルナンド市まで来れば、バギオはバスで2時間の距離です。

サンフェルナンド空港も、閑散とした田舎の空港です。 トライシクルという屋根つきサイドカーつきオートバイがここでの主要な乗り物です。これで、「マッカーノ、サ・バストゥルミナル・サ・ バギオ?」などと値段を聞いて、運んでもらいましょう。20-30ペソほど、 スーツケースを見てふっかけられても40-50ペソほどのものではないでしょうか。

サンフェルナンドからは、バギオ行きのバスが分刻みと言っていいほど頻繁に出ています。Partas社のもののような、 ちょっとゆったりとした長距離観光バス的なものから、Eso-Nice社のもののような、いわゆる「ミニバス」 と呼ばれる少し窮屈なものまでいろいろあります。料金は大きなバスなら150ペソほど、ミニバスなら80ペソほどでしょうか。 バギオまで約2時間の道のりです。途中、休憩が1回ほどあります。

(続く)

 

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