カテゴリー「02b-03-0001 学習メモ:"Bannawag":"Tips":"Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?"(花を摘むのに適しているのはいつ?)」の6件の記事

2009年12月31日 (木)

Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?(花を摘むのに適しているのはいつ?) 06

第2段落第2文は次の通り。

Ti ngamin ethylene gas nga iruar dagiti prutas ken nateng, makatulong iti nadardaras a pannakalaylay dagiti sabsabong.

 

【試訳】

それというのも、果物と野菜から発生するエチレンガスは、花がより早く枯れるのを促すものとなるのだ。

 

【形態・統語論的分析・逐語訳】(Rubino(2000)を参照しつつ)

ti . . . ethylene gas:「エチレンガス」(英語からの借用)

ngamin:「実に、なんと」

非難や強調を表す小辞。節の第2番目の位置に用いられる。

nga:

リンカー。母音で始まる"iruar"の前なので"a"ではなく"nga"。この例では"ti ethylene gas"を先行詞とする関係節を導く。

iruar:

語根"ruar"(外)から接頭辞"i-"によって派生する対象焦点動詞(発する)。

dagiti prutas ken nateng:

イロカノ語では、関係節は、節内の動詞の焦点に相当する名詞を先行詞としてしか作れない。したがって、動詞の焦点は関係節の先行詞でもある<対象>の"ti ethylene gas"。したがって、節内に現れているこの中心格の"dagiti prutas ken nateng"は<動作主>。

イロカノ語の格表示で紛らわしいのが、このように名詞が動作主である場合。動作主焦点動詞の場合は中心格でマークされるのは必然的に<動作主>のみとなるが、それ以外の場合は、焦点に相当する<対象><方向><受益者><道具>その他が中心格で現れるとともに、<動作主>が名詞の場合はそれも中心格で現れる。どちらかが人名や人名詞、親族名詞の場合は、意味的に意志性やコントロール性を持つそれが<動作主>であることが多いが、それ以外の名詞の場合は、意味的に判断するしかない。

この場合、項構造は、概略、"iruar<対象焦点動詞:「発する」>+dagiti prutas ken nateng<中心格:<動作主>:「果物や野菜」>+ti ethylene gas<中心格:<対象>:「エチレンガス」>"となっている。

makatulong:「助ける、促す」

語根"tulong"から接頭辞"maka-"によって派生する可能動詞。この例の場合、主語は、文頭に取り立てられている"ti ethylene gas . . ."。

iti nadardaras a pannakalaylay dagiti sabsabong:「花(複数)のより迅速な枯れること」

"nadardaras"は、語根"daras"から接頭辞"na-"で派生された形容詞だが、語根の最初の子音・母音・子音(CVC)が反復され、比較級となっている。

"pannakalaylay":接頭辞"pannaka-"+語根"laylay"。接頭辞"pannaka-"は、"maka-"動詞を動名詞化する接辞。接頭辞"maka-"は、"ma-"動詞を可能動詞化する接辞。上の訳は、Rubino(2000:322)には"malaylay"という動詞は含まれていないが、「しおれる、枯れる」という意味の"aglaylay"があるのでそこからの類推。ちなみに可能動詞は、能力的な可能性だけでなく、潜在的、偶発的可能性も表す。

"nadardaras a pannakalaylay"は<形+リンカー+名>の修飾構造。中心格マーカーで導かれる"dagiti sabsabong"は、この場合は属格で"pannakalaylay"を修飾する。

"dagiti sabsabong"は、ここでも冗長な複数形を取っている。もはや無標の複数と考えていいのか、あるいは、あくまで冗長であるがゆえにそこに何らかの著者の意図を読み込むべきなのかは、引き続き、検討に値するとともに、複数形に対する読者の文法にも左右されるものであることだろう。

 

【直訳】

実は、果物と野菜が出すエチレンガスは、(どれほど多くの(複数?)ものであっても?)花(複数)の、より速い枯れを促すものとなるのだ。

【試訳】

それというのも、果物と野菜から発生するエチレンガスは、花がより早く枯れるのを促すものとなるのだ。

 

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Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?(花を摘むのに適しているのはいつ?) 05

第3段落第1文は次の通り。

Liklikan nga itipon dagiti kappuros a sabsabong kadagiti prutas ken nateng.

 

【試訳】

摘みたての花を果物や野菜と一緒にするのは避ける。

 

【形態・統語論的分析・逐語訳】(Rubino(2000)を参照しつつ)

liklikan:「避ける」

語根"liklik"から接尾辞"-an"によって派生する方向焦点動詞。ここではリンカー"nga"(次の語が"itipon"と母音で始まるもののため"a"ではなく"nga")に導かれる名詞節"nga . . . nateng"までを目的語として取っている。

nga:

(上述)

itipon dagiti kappuros a sabsabong kadagiti prutas ken nateng「摘みたての花(複数)を果物と野菜に一緒にする」

"itipon"は語根"tipon"から接頭辞"i-"によって派生した対象焦点動詞。Rubino(2000:620)では「加える、参加する、一致させる」という訳語が与えられている。中心格名詞句"dagiti kappuros a sabsabong"は既出。対象焦点動詞"itipon"の焦点(すなわち<対象>)となっている。

興味深いのは、"dagiti . . . sabsabong"と、マーカー、名詞共に複数表示になっていること。既述のように、これは一般には冗長な用法だが、それを良しとする何らかの動機に支えられているものと思われる。この例では動詞が"itipon"なので、花が複数であるがゆえにそうなるといった状況を含意しているのではないだろうか。

"kadagiti"は、複数中心格"dagiti"に対する複数斜格。"prutas ken nateng"は「果物と野菜」。

 

【直訳】

摘みたての花(複数が強調されている=「かさばって場所を取るがゆえに注意が行き届かないかもしれないが」的な含意か?)を果物や野菜と一緒にするのは避ける。

【試訳】

摘みたての花を果物や野菜と一緒にするのは避ける。

 

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2009年12月30日 (水)

Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?(花を摘むのに適しているのはいつ?) 04

第2段落第2文は次の通り。

Iti kada litro a danum, laokan iti dua a kutsara a suka ken tallo a kutsara nga asukar.

 

【試訳】

水1リットルに対し、スプーン2杯の酢と3杯の砂糖を混ぜる。

 

【形態・統語論的分析・逐語訳】(Rubino(2000)を参照しつつ)

iti kada litro a danum:「各リットルの水につき」

"kada"は「各」の意味。"litro"(リットル)は、リンカー"a"で名詞"danum"(水)と結び合わされて修飾関係にあり、助数詞のような機能を果たしている。

ただし、次の動詞"laokan"が方向焦点動詞であることを考えると、斜格"iti"は不自然に思われる。前文を承けて「水に酢と砂糖を混ぜる」のだから、この"danum"の名詞句は中心格であるべきところ。この点はさらに調べてみる必要があるが、おそらくは、単なる<方向>としてではく、上にも「~について」と訳しているように、取り立て的な機能を担っているからではないだろうか。

laokan:

「混ぜる」の意味の方向焦点動詞。動作主はゼロ代名詞。

iti dua a kutsara a suka ken tallo a kutsara nga asukar「スプーン2杯の酢とスプーン3杯の砂糖」

"dua"(2)、"tallo"(3)は、それぞれリンカー"a"を介して"kutsara"(スプーン)を修飾しており、"kutsara"はさらにリンカー"a/nga"を介して"suka"(酢)、"asukar"(砂糖)を修飾している。"ken"は等位接続詞の「そして」。ここでも、"kutsara"は助数詞のような機能を果たしている。

 

【直訳】

各リットルの水につき、スプーン2杯の酢とスプーン3杯の砂糖を混ぜる。

【試訳】

水1リットルに対し、スプーン2杯の酢と3杯の砂糖を混ぜる。

 

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Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?(花を摘むのに適しているのはいつ?) 03

第2段落第1文は次の通り。

Napapaut dagiti kappuros a sabsabong no ipanmo ida iti plorera (flower vase) a ti danumna, nanawnawan iti suka ken asukar.

 

【試訳】

摘んだばかりの花は、酢と砂糖が混ざった水の花瓶に生けておけばいっそう長持ちする。

 

【形態・統語論的分析・逐語訳】(Rubino(2000)を参照しつつ)

napapaut:「より持続的だ」(既出)

dagiti:

複数中心格マーカー。この文では主部"kappuros a sabsabong"を導く。

kappuros a sabsabong

"kappuros"は「摘んだばかり」の意味。接頭辞"kaC-"は「~したばかり」という完了の意味を表す。この場合、語根が"puros"なので、最初の子音"p"を取って"kap-"とし、"kappuros"となる。

"kappuros a sabsabong"の構造は、既出(<形容詞+リンカー+名詞>構造)。

no:「もし、~なら」

時ないし条件の副詞節(ここでは"ipanmo ida . . . asukar")を導く。

ipanmo ida:「あなたがそれらを生ける」

"ipan"は接頭辞"i-"によって派生される対象焦点動詞。本来的な意味は「運ぶ」。対象焦点動詞は"-ko"類の代名詞的前倚辞を<動作主>に取り、<対象>は中心格"ti/dagiti"(いずれ出てくるように人ならば"ni/da")でマークされる(例:"ipanmo ti karton"(あなたが箱を運ぶ)、"ipanmo ni Juan"(あなたがジョンを運ぶ)など)。

ただし、この例では、<動作主>のみならず<対象>も代名詞(3人称複数の"ida")なので、中心格マーカーは見られない。なお、Rubino(2000:214)は、この"ida"を前倚辞としているが、前倚辞とは、一般的な定義として、語幹に接続してアクセントを失うもののはずだが、私の周囲ではアクセントを保ったままのものをよく耳にする。すなわち、前倚辞ではなく代名詞として分類すべきように思える。コルディリエラ方言の特徴だろうか。

iti plorera (flower vase):「花瓶に」

斜格マーカー"iti"は、ここでは言うまでもなく<場所>を表す。

a:

リンカー。この文では、関係詞として関係節"ti danumna, nanawnawan iti suka ken asukar"を導く機能を果たす。

ti danumna:「その水に」

"danum"は「水」。"-na"は3人称単数の代名詞的前倚辞。先行詞は明らかに"plorera (flower vase)"。無標の語順では"nanawnawan ti danumna iti suka ken asukar"だが、ここで"ti danumna"が節の頭に出ているのは"-na"と先行詞"plorera"の「近さ」のためで、結果的に英語で"the flower vase whose water . . ."のような効果を得ているのではないだろうか。訳は、中心格で、動詞"nanawnawan"が方向焦点動詞であることから「その水に」となる。

nanawnawan:「混ぜてある」

"nawnawan"は方向焦点動詞。接頭辞"na-"は完了。動作主はこの例の場合、ゼロ代名詞で特定の動作主を問わない。

iti suka ken asukar:「酢と砂糖を」

斜格マーカー"iti"でマークされている名詞句はこの場合、動作の<対象>。この辺りの感覚がイロカノ語の態体系の感覚的に難しいところ。方向焦点動詞"nawnawan"の焦点が当たっているのは"danum"なので、「水に酢と砂糖を混ぜる」という意味になる。

 

【直訳】

摘んだばかりの花(複数は)、もしあなたがそれらを、酢と砂糖を水に混ぜてある花瓶に生けておけば、いっそう持続する。

【試訳】

摘んだばかりの花は、酢と砂糖が混ざった水の花瓶に生けておけばいっそう長持ちする。

 

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Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?(花を摘むのに適しているのはいつ?) 02

第1段落は、セミコロンで2つの文が結ばれているが、全体で長い1文になっている。

Kasayaatan nga iti naladaw a malem ti panagpurosmo iti sabsabong ta itoy nga oras, isu ti kaadu ti “sugar content” dagiti sabong; ngarud, napapaut ti biagda ngem dagiti napuros iti nasapsapa a paset ti aldaw.

 

【試訳】

花を摘むのは、午後遅くが一番良い。というのも、この時間帯こそ、花に含まれる「砂糖成分」が最も多い時間帯だからだ。すなわち、この時間帯に摘んだ花は、それより早い時間帯に摘まれた花よりも長持ちするのだ。

 

【形態・統語論的分析・逐語訳】(Rubino(2000)を参照しつつ)

kasayaatan:「最も良い」

語根は"sayaat"。形容詞"nasayaat"(na- + sayaat)(良い、元気な)に見られるように、「良、善」の概念を表す。"ka- -an"は形容詞の最上級を派生する接周辞。

nga:

リンカー。この文では名詞節を導き、<形容詞(~だ)+名詞節(~すること(は))>の構造で「~するのは~だ」の意味を表す。"nga"は"a"の異形態。続く語が母音で始まる場合(この場合は"iti")に用いられる。

iti:

単数斜格マーカー。この例では時間を表す名詞句"naladaw a malem"(遅い午後)をマークする。

naladaw:「遅い」

形容詞。"na-"は、語根から形容詞を派生する接頭辞。

a:

リンカー。ここでは、形容詞"naladaw"(遅い)と名詞"malem"(午後)を結び合わせている。

malem:「午後」

ti:

単数中心格マーカー。この文では主部"panagpurosmo iti sabsabong"を導く。

panagpurosmo:「あなたの摘むこと」

動名詞"panagpuros"については既出。"-mo"は名詞に接続する前倚辞(enclitic)で、1人称属格(所有格)(私の)を表す。

ここで"-mo"に代表される"-ko"類の代名詞的前倚辞は、対象焦点動詞、方向焦点動詞、受益焦点動詞など、Rubinoが「他動詞」と呼ぶ動詞の「主語」として機能することもできるが、この例の"panagpuros"の場合は、本来的に"-ak"類を取る動作主焦点動詞(Rubinoが「自動詞」と呼ぶもの)系の動名詞のため、"-mo"を「主語」とする解釈は一貫性に欠ける。むしろ、英語の"your coming"のように、形態的には属格であるものが意味的には<主語+動詞>的に解釈されるとすべきであろう。

iti sabsabong:「花(複数)を」

これについては既出。

ta:「(なぜなら)~から」

理由の副詞節(ここでは"itoy nga oras, isu ti kaadu ti "sugar content" dagiti sabong")を導く接続詞。

itoy:「これ」

"daytoy"の異形態。ただし、この"itoy"は"a/nga"のように音韻論的に条件づけられているわけではないので、背後にどのような語用論的条件が存在するのかはさらに調べを進めていく必要がある。

a:

リンカー。ここでは、指示詞"itoy"(これ)と名詞"oras"(時間)を結び合わせている。

oras:「時間」(本来はスペイン語からの借用(horas))

isu:

3人称単数代名詞。イロカノ語では男・女・中性の区別は無い。ここでは、"itoy nga oras"(この時間)を節の頭に取り立て、それをあらためてこの"isu"で承けているのだと思われる。

ti:

単数中心格マーカー。この文では名詞節"kaadu ti "sugar content" dagiti sabong"を導く。

kaadu:「最も多い」?

Rubino(2000:11)では"kaadu"を「合計、量」としているが、これは文脈から考えて「最も多い」という意味であるべきではないだろうか。その場合、"kaadu"として「最も多い」という意味を表し得るのか、それとも前文にも出てきた形容詞の最上級の接周辞"ka- -an"による"kaaduan"であるべき、すなわちタイプ・校正ミスなのだろうか。

ti:

単数中心格マーカー。この文では主語成文""sugar content" dagiti sabong"を導く。

"sugar content":「砂糖成分」(英語からの借用)

dagiti:「~の」

本来的には複数中心格マーカー(単数形は"ti")だが、中心格名詞句の内部で<名詞句A+ti/dagiti+名詞句B>で用いられると属格を表し、「BのA」の意味になる。すなわち、この例では「花(複数)の「砂糖成分」」。

sabong:「花」

ここまで"iti sabsabong"と、"sabong"が畳語形で複数を表してきたが、ここでは"ti"の連続を避けるためか"dagiti sabong"の形で複数を表している。

ngarud:「すなわち」

napapaut:「より持続的だ」

"napaut"で「持続的な」の意味の形容詞。ここでは子音+母音(CV)が反復されて比較級になっている。

ti biagda:「それらの命は」

"biagda"は単数中心格マーカー"ti"に導かれ、述語"napapaut"の主部として機能する。"biag"は「命」。"-da"は、3人称複数属格代名詞的前倚辞(彼らの、彼女らの、それらの)。

ngem:「~より」

"ngem"は逆接の接続詞(しかし)でもあるが、形容詞の比較級構文では比較の対象を表して「~より」という意味を表す。

dagiti napuros:「摘まれたものの」

"dagiti"は、複数中心格マーカー。この例では、形態統語的には、先行する単数中心格マーカー"ti"が導く"biagda"と並行する、"napapaut"の主部と考えることも可能だが、そうすると、意味的には「摘まれたものより、それらの命のほうが持続的だ」となり一貫性に欠ける。

そのため、ここでは、中心格ではなく属格(<名詞句A+ti/dagiti+名詞句B>(BのA))の用法として、非明示的な"biag"を修飾する(摘まれたものの(もの)(=命)よりも、それらの命のほうが持続する)と考える。

iti nasapsapa a paset ti aldaw:「一日の、より早い部分に」

"nasapsapa"は、CVC(sap)反復による"nasapa"の比較級。

"nasapsapa a paset"は<形容詞+リンカー+名詞>で形容詞が名詞を修飾する構造。

"ti aldaw"は、<名詞句A(nasapsapa a paset)+ti+名詞句B(aldaw)>構造の一部として、名詞句A(nasapsapa a paset)を修飾する。

 

【直訳】

あなたの、花々を摘むことが遅い午後であることは一番良い。というのも、この時間こそ、花々の「砂糖成分」が最も多いものだからだ。すなわち、それらの命は、一日の、より早い部分に摘まれた(複数)ものの命よりも持続的なのだ。

【試訳】

花を摘むのは、午後遅くが一番良い。というのも、この時間帯こそ、花に含まれる「砂糖成分」が最も多い時間帯だからだ。すなわち、この時間帯に摘んだ花は、それより早い時間帯に摘まれた花よりも長持ちするのだ。

 

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Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?(花を摘むのに適しているのはいつ?) 01

まずは、タイトルを見てみよう。この企画から少し構成を、形態論的には簡略に、全体的にはさらに説明的にしてみる。

Kaano ti Umno a Panagpuros iti Sabsabong?

 

【試訳】

花を摘むのに適しているのはいつ?

 

【形態・統語論的分析・逐語訳】

(分析、逐語訳は、Rubino(2000)を参照しつつ、適宜、自分の解釈も加えている。)

kaano:「いつ」

この文では述語として「~はいつか」という疑問文となる。

ti:

単数中心格(core case)マーカー。この文では主部"umno a panagpuros iti sabsabon"全体を導く重要な機能を果たす。なお、人名ないし親族名詞の場合は、単数中心格には"ni"が用いられる。

umno:「適切な、ふさわしい、正しい」

形容詞。Rubino(2000:397)では、"umumno"(um- + umno)としての自動詞(適切だ、ふさわしい、正しい)の用法は記述されているが、このように語根"umno"のままでの形容詞としての用法は記述されていない。

a:

リンカー。ここでは、形容詞"umno"と動名詞"panagpuros"を結び合わせている。

panagpuros:「摘むこと」

語根"puros"由来の動名詞。Rubino(2000:476)には"puros"そのものの意味記述は無いが、他動詞"purusen"(集める、摘む)があることから、語根の持つ概念としてそれらのものが考えられる。接頭辞"panag-"は、動作主焦点動詞系(ag-)の動名詞を派生することから、"panagpuros"は「摘むこと」と考えられる。

「摘む」は、日本語では他動詞のため、日本語に訳してしまうとなかなか理解が難しいが、これが日本語とイロカノ語の態(ボイス、ヴォイス)体系の違いなので、まずは慣れていくしかない。

Rubinoは便宜的にか自動詞(intransitive verb)、他動詞(transitive verb)という用語を用いているが、イロカノ語の場合、意味論的に目的成分が必要なので他動詞的、不要なので自動詞的という言い方はできるものの、形態論・統語論的に自動詞、他動詞という定義を当てはめることはできない。

iti:

単数斜格マーカー。動名詞"panagpuros"が動作主焦点動詞系の動名詞なので、他動詞ならば目的語に相当する"sabsabong"(花(複数))は、斜格マーカー"iti"でマークされる。人名ないし親族名称ならば"kenni"。

sabsabong:「花(複数)」

"sabong"の複数形。最初の(子音)+母音+子音((C)VC)を反復して複数形にする。面白いのは、名詞が複数であるにもかかわらず、名詞句全体をマークするマーカーは"iti"という単数マーカーが用いられていること。イロカノ語ではふつう、どちらかが複数であればそれで十分とされる。したがって、"iti"の複数形の"kadagiti"を用いて"kadagiti sabong"とすることもできるが、マーカーと名詞の双方を複数にして"kadagiti sabsabong"とするとふつうは冗長とされる(ただし、この例もまた、この同じ文章の後半に出てくる)。

 

【直訳】

花々についての適切な摘むことはいつ?

【試訳】

花を摘むのに適しているのはいつ?

 

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